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2008年3月31日 (月)

モディリアーニ展

Modi_64 モディリアーニ展を見た。

日本で5番目に誕生した国立新美術館での企画展である。

イタリアで生まれ、パリを中心に活躍した画家、モディリアーニ。
ようやくデカダンから脱却した世は、新たな芸術の風が吹いていた。
その中でモディリアーニは独自の世界を見つけるべく、様々な試みと挑戦をし、そして自らの表現する世界を確固たる個性として確立した。

モダンアートの世界を泳ぎながら、プリミティブ(原始的)な表現へと傾倒し、そこから独自への構図へと発展していく。
言われてみると、なるほどアフリカの彫刻のエッセンスを感じとれる。

彼は世界にその存在と才能を認められる直前に死んだ。
彼の墓標には「成功の暁を見ることなく彼は逝った」とある。
そして最愛の妻もまた彼の後を追うかのように自殺をする。

ストラヴィンスキー、ジャン・コクトー、ラディゲ、サティ、ピカソ、らが活躍した時代。
欲望と渇望と生活と自我の葛藤に彩られた最先端の芸術。
恐怖にも似た憧れとともに、僕は惹かれる。

僕が画や彫刻を見るとき、その作品に至る作家という人間の歩いた道に感動や感銘を受けることが多い。
そして、その素晴しい作品から、エネルギーやアイディアや刺激を受けることで、僕の中の何かが強く動き出す。

でも、モディリアーニの場合はちょっと違う。
紛れもない自分の表現方法を見つけた芸術家の、迷いのない作品の数々。
それらが、羨ましく、嫉妬にも似た感情で眼に映る。

まだまだ、なんにでも興味を持ち、なんにでも手を出し、なんにでも成れると思っている自分の、いわば垂れ流しの音楽(無尽蔵に垂れ流す事だってすごいことだとは思うんだけど)が、ひどく幼く感じるのだ。

だが、僕も自分の語法を見つけ始めている。
思い込みではない、自分なりの裏づけを持って。
だからこそ、その未完成さが歯痒く、腹立たしいときもある。
僕ももっと外に出たい。
暁を見る前に、自ら旅立ったりするものか!

名前しか知らなかったモディリアーニの作品たちを眼前にして、未だその深さすら見えぬ芸術の淵の、入り口に立ったに過ぎない自分を自覚して、今更ながらに自分を尚も厳しく磨くことを決意するのだ。

ところで・・・

Sdsc00870 国立新美術館の内側から見た壁面が、アーチ式ダムのように見えて興奮してしまった・・・
キャットウォークもあるしね・・・

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