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2008年4月

2008年4月30日 (水)

パパ、明日もホームランだ!

何のコピーフレーズだか分かる人は結構な御年・・・
そう、某有名フードチェーン。

仕事に出掛ける前に、先日パンクの発覚したタイヤを交換に行き(修理で済みましたが)、ガソリンスタンドとカー用品店の混雑にびっくりし、交換待ちの待合室の混雑にもうんざりして国道沿いを読みかけの本片手にぶらぶらしていたら見慣れたオレンジの看板がそこに。
学生時代は毎日のように通ったものですが最近はご無沙汰。
久々に暖簾(?)をくぐりました。

昔からまったく変わらない佇まい。
大盛りと豚汁と卵を注文。
昔の流れで行けば並・卵・味噌汁。
今日はちょっと解放気分で。

あまりなじみのない方に食べ方の一例をご紹介しましょう。
まず、具を少し寄せて紅しょうがをたっぷりと。
ごく少しの肉と紅しょうがと豚汁でご飯を食べ進みます。
う~ん、なつかしい!この味この味!
続いて肉もたっぷり紅しょうがもたっぷりで。
これぞ「よしぎゅうの味」
ラストは丼半分ほどの牛丼に生卵をドバっとかけて。
しょうゆ少なめで良く混ぜるのが私流。
微妙な味の変化が楽しい!!

牛丼とご飯を頼んで1杯目は紅しょうがだけで食べるつわものがいたり、七味を牛丼・おしんこ・お味噌汁すべてにかける辛党がいたり、特盛りを2杯も食べる女の子がいたり、深夜に一人で食べているOLらしきお姉さんがいたり、食べ方も人も多種多様。

このお店では一粒も残さずに食べるのが礼儀。
最後にぬるくなったお茶で口を清めてご馳走様。

パパ、明日もホームランだ!

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旅をする、或いは山を登るかのように

またひとつコンサートが終わった。
不安や苛立ちもや焦りや苦労も、すべてひとつの形に昇華する。

人生についても言えるが、「演奏会」と言うステージも旅に似ている。
目的地に着くまでの道程が大切なのだ。
早く着けばいい。
目的地に到着すればいい、と言うのとは違う。

山登りにも似ている。
何のために登るのか?
そんなに苦労して登る意味って何なの?
でも、あと一歩、いや半歩でも登ればきっともっと違う景色が見える。
それは頂上までヘリコプターやエレベーターで行くのとは違う景色に違いない。
自分の足で、その一歩目から今の今まで歩を進めた結果としての今日なのだから。

絶対的な練習量や完成度や参加率は人によって異なる。
それは問題ではない。
それでも自分に出来る精一杯をやった結果は比べるべきではない。
だから、今回の演奏会も本当に感動的なものだった。
演奏者のみんなを誇りに思う。

指揮者は絶対者ではない。
交通案内人だ。
みんなで同じ景色を見るために、行き先を最終決定する役目だ。
違う意見もあるだろうし、違う見方もあるだろう。
だが、「今回はここに行こう」という決定を様々な情報を加味検討して最善を探すのだ。

指揮者は独裁者ではない。
一演奏者だ。
人の上に君臨することを目的としていない。
小さな部分にのみ囚われてはいない。
全体の大きな流れに必要なことだから、小さな部分にこだわるのだ。
全体の流れを、意図を読めるようになって欲しい。

昨日の演奏会とは関係ないが、そういう演奏家と、特にプロの現場で時々出会う。
ただずれずに合えば良い、のではないのだ。
そこで、その場所で、今、その音が必要だから指揮を振っているのだ。
ただ合わせるためだけに一瞬遅れて、他の誰かに合わせて音を出すのは本質を見誤っている。
流れを止めたり、或いは必要以上に意味のある表現になってしまったり。

もちろん、そういう表現が必要なときもあるし、実際指揮者の不手際を解決するために、または手助けするために似たような作業をすることは良くある。
だが、優れたコンマスはほとんど指揮者と同時に、指揮者と同じ感度で音楽の流れの中にいる。

そのことに気付いて欲しい。
もちろん自分も含め、忘れないようにしたい。
職業音楽家になりたいのではなく、良い音楽家に、音楽職人になりたい。

昨日の演奏のすべての演奏について、すべてのプレイヤーについて満足している。
そして、全員を尊敬している。
そんなこと絶対に無理だ、と言う指揮者の先輩も大勢いるが、それでも僕は、みんなが知らず知らずに力以上の演奏をし、自然に流れに乗り、大きな表現と感動と理解を観客とともに共有できる演奏会をこれからも求め続けるために自分を責め続ける。
きっと、それが自然になればなるほど、自分の存在感は消えていくのかもしれないなぁ、なんて考えながら。

ひとつの山を登って、そこから見た夕日は格別だった。
一握りの寂しさとともに、また次の山へと向かう。
次の山はどんな山だろう。
そこにはどんな苦難と喜びが待っているのだろうか。
「逃げ出したい気持ち」を、期待と音楽への欲求が凌駕する。

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2008年4月28日 (月)

光陰矢のごとし、或いは悠久の中の刹那

なかなかにハードな日が続きます。
それほど疲れてはいません。
毎日が音楽漬けだから。

自分のしている音楽に、まだ満足は出来ていません。
それは自分の中身にも現在位置にも。
でも、今まで少しずつ培ってきた”器の中身”には、プライドもあります。
謙虚に貪欲に、バランスをとって音楽と人と接していくのはやはり難しいことです。
もっと自分の望む音楽に近づくには、もっともっと努力しなければいけない。
自分を追い詰めるくらいが、のんびり屋の僕にはちょうど良い。

今、ひとつだけ思うのは、時間をかけて作り上げたものにはやはり不動の価値がある、と言うこと。
本当に、話し、取り組み、じっくり音楽を作り上げ、理解してもらえたら、こんなに嬉しいことはない。

現場では、よく”エキストラ”の方とご一緒します。
でも、「取っ組み合って音楽をしている」と言うよりも、「なんとか無難にこなしている」状態に出くわすことも多いのです。
付き合いが長く、何度も一緒に演奏するプレイヤーとは以心伝心の部分が強くて安心します。
でも、本音はもっともっと深い音楽を一緒に創りたい。
積み重ね、創り上げる快感を一緒に味わいたい。

僕にもっと力があったなら、そんな理想的な環境で音楽が出来るでしょうか。
一生悩み続けることなんでしょうね。

オーケストラも、ミュージカルも、オペラも、ストレートプレイも、スポーツも、テレビドラマも、映画も、人生も、きっと他のすべても。

映画「僕の人生」の主人公は僕。
僕以外の登場人物はみんな脇役。
でも、もっと他の出演者と絡みたい。
どっぷりがっつり取っ組み合ってドラマを作りたい。

他の人の人生ではもちろん僕が脇役。
でも、もっともっと主人公に影響を与えたい。
そのひとつずつのドラマに、なくてはならない登場人物になりたい。

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2008年4月26日 (土)

冬タイヤ

昔日本の冬タイヤはスタッド(鋲)のあるものが主流だった。
いまは法律で使用禁止になったが、一部の専用車両では現在でも使われている。
ゴムタイヤに鉄の鋲が付いてるんだから、それはもう止まるし曲がる。
でも、道路もじゃんじゃん削れちゃうわけだからこの時期の新潟や長野の市街はすごい粉塵だったのを覚えている。
道路も穴だらけで。

いまはスタッドレスタイヤになったので、ずいぶん環境的には改善された。
ミラーバーンができやすいなどの弊害もあるけど。。。

何でこんな話をし始めたか、というと、それは今日のこんな出来事に端を発する。

福島へ発つ今日の朝、そろそろタイヤをノーマルに戻そうと、大汗をかきながらタイヤ交換を始めた。
最近は行きつけのカーショップで交換するので自分でやるのは希なのだが今日はチャレンジ。
2本交換し終えて3本目のスタッドレスタイヤをはずす。
ここまで所要時間20分ほど。
で、ノーマルタイヤを転がしてくるとかすかな異音が。
表面をチェックするとそこにネジの頭が。
このままにはしておけず、深く潜ったネジの摘出を開始。
30分以上も掛けてどうにか引き抜くと”しゅー”っと音が。。。

そのタイヤで走るわけには行かない・・・
またまた大汗掻いてタイヤを元に。
ああ、何という時間と体力の無駄遣い・・・

それよりも何よりも、”この時間なら電話にでれますよ”と言っておきながらすっかり時間を忘れてました。
電話をくれたKさん、ごめんなさい!

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2008年4月23日 (水)

我、人生を旅する

Sdsc01018 先週は神奈川、東京、福島、仙台、盛岡、と北上しながら音楽とともに旅をした。

小さな出来事でも、興味があれば反応せずに居れないのが僕の性癖。
好きなものには敏感でいたい。
鈍感なのは体のほう。
結構無理な旅程でもけろりとしてるのはいつになっても変わらない。
でもまあ、家に帰るとドッと疲れが出ちゃったりもするわけだけれど。

エッセイでも何度となく触れているが、僕は旅が好きだ。
それは、死ぬまで旅を続けた僕の祖母の影響が大きい。
僕が音楽大学への道を選んだとき、たった一人はじめから応援してくれていたおばあちゃんだ。

ハイカラで新しいものが大好きで、タバコと麻雀をこよなく愛したおばあちゃんのところにはいつも人が集まっていた。
鎌倉でずいぶんと長いこと女子高の古文の教師をしていたおばあちゃんは、卒業した教え子との旅行や、俳句の取材旅行に初孫である僕をよく連れて行った。

 旅の目的は目的地に早く着くことじゃないよ。
 早く着く方法ならいくらでもある。
 人生が旅ならば、その究極の目的地は死そのもの。
 そこに早く着こうとしてどうするの。

 あんたはね、ゆっくり旅をしなさい。
 出来るだけ遠回りをして、寄り道をしなさい。
 そこで出会った人が、物が、空気が、水が、
 きっとあんたを助けるんだから。
 回り道を恐れちゃいけないよ。
 はいつくばってがんばんなさい。
 しがみついてがんばんなさい。
 ちゃんとやってれば、きっと誰かが見てるから。

ああ、おばあちゃん、俺やれてるのかな?
でも、とにかく、何とかやってるよ。

盛岡で、宮澤賢治の足跡をたどる旅の道程で、心の中でほんの短い祖母への手紙をしたためた。
俺は素敵な寄り道をしているよ。
素敵な旅を、しているよ。

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2008年4月19日 (土)

東北本線

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080419162812
昨日今日と福島で振り、夜は移動して盛岡でrehearsal
いつもはお出迎えがあったりタクシーで移動なのですが、ちょっと時間があるようなので電車で移動を決意。
で盛岡駅からローカル線へ。

ローカル線じゃなくて東北本線でした。
隣のおばさんがいま教えてくれました。
登りなので運賃はタダ。
緊張しつつ乗ってます。
着くかな。。。

整理券発券機がある!
あ、トイレもある!
ドアが手動だ!

ちょっと一人旅気分。

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2008年4月16日 (水)

今、チーズが熱い

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僕の好きなものランキングの中でただ今”チーズ”が急上昇中。
元々好きですし、フレンチを食べたあとはデザート前にチーズがなくては物足りない。
大学生の頃にはカマンベールチーズとウォッシュタイプのくさーいチーズにどっぷりはまったこともありました。

チーズは醗酵食品。
つまり、微生物の力で醸された食べ物。
納豆やヨーグルトやお酒や鰹節やなれ寿司全般、キムチや漬け物や醤油やお味噌やピクルスやナタデココやお酢や味醂やパン等々世界中に多種多様ある醗酵食品の仲間です。
ちなみに、サイレージに貯蔵されている牛の餌・牧草も発酵食品の一つ、といえるの知ってました?
紅茶も酵素によって醗酵した醗酵食品ですが、微生物はいません。

醗酵と腐敗の仕組みはほとんど同じです。
人間に無害で美味しければいいのです。
マンガ”もやしもん”に感化されてとっても興味ある分野ですが、その話はまた今度。

で、写真はいま家にあるチーズ。
6Pチーズのカマンベールがありますが本物のカマンベールではありません、あくまでも”風”。
モッツァレラがありますが、我が家の冷蔵庫で切らしたことはほとんどありません。
キリのクリームチーズも必ずあります。
ガーリック・ペッパー・プレーンと3つ揃えています。
ブルサンのガーリックも見えますね。
最高に美味しいけど、日持ちしないので半分以上を無駄にすることもしばしば。
ブルーチーズはゴルゴンゾーラとドナブルーのスライスがいまありますが、いつもはもう一つ別のがあります。
ゴルゴンゾーラより塩気が強くて、値段も安くて好き。
シェーブルチーズは探していた山羊のチーズ。
表面に灰がまぶしてあり爽やかなチーズ。美味い!
これもおすすめオリーブオイル漬けのチーズ。
オリーブの実も美味しい。
ほかにもパルメジャーノが粉末と塊、チェダーチーズとゴーダチーズがそれぞれ袋入りで、市販のとろけるチーズが2種、オードブル用の味付けチーズが3種、スモークチーズと割けるチーズ。

数えてみるとかなりありますね!
僕が考えるに、チョコとチーズって結構共通点が多いのです。
コーヒーやお酒にも合うしね。

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2008年4月15日 (火)

今日はこんなの買いました

Thum_onstation3 今日はこんなの買いました。
ipod touchを聴くポータブルスピーカー。

わりと低音の鳴りが良かったのでベッドサイド用に。
充電が出来るのもリモコンがあるのもGJ

小さくて乾電池でも使えるので、出先用にも便利かな。
意外と値段はするものですね。
1万円前後かな~ぐらいに思っていたのに。

今日は他にもいくつか衝動買いをしました。
ヨドバシカメラは最近の僕のストレス解消ワンダーランドです。

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パスタマッシーン!

Sdsc00921 我が家にパスタマシーンがやってきた。
知人から頂いたのだが、実は自分でも買おうとしていた矢先だったので嬉しさもひとしお!

以前にも何度か購入を企て、一度は店頭で注文までしたのだが手違いで入荷せず、そのままキャンセルしたこともあるのですが・・・

で、今日はパスタマシーン初登板。

まずは粉を手に入れます。
「デュラム・セモリナ粉」を。
ところがなかなか見つからない・・・
結局伊勢丹で発見。
ついでに欲しかったチーズをいくつも見つけて買い捲って予想外の出費・・・

Sdsc00922さて、まずは粉をこね丸くしたらそのままラップをして寝かせます。
今日は自宅で仕事なので、昼過ぎに作ってそのまま4時間ほど室温で放置。

お次はソースを作ります。
定番のボロネーゼを生のマッシュルームと乾燥のポルチーニ茸を使って。
これがものすごく上手くいきました!
続いていよいよパスタマシーンの登場。

Sdsc00923 仕組みは簡単。
生地をマシンで薄く延ばします。
昔の洗濯機のあの、ローラーと同じですね。
僕は使ったことありませんが・・・
7,8回通して薄く延ばしてからいよいよカット。
細めのカッターで切りました。
Sdsc00925 で、出来たのがこの写真。
いっしょにとり胸肉のトマトも作りましたが、これも大成功!
美味しかった~!

で、肝心のパスタは、と言うと。。。
まず、量がべらぼうに多くなっちゃった・・・
で、ソースが薄まっちゃってちょっと残念・・・
それから、茹で時間が分からない・・・
ちょっと茹で過ぎで柔らかすぎました。

まあ、たとえて言うなら「お湯を入れたまま忘れたカップヌードルの麺」って感じ。
盛岡のあのパスタの味が再現できると張り切っていたのに、到底そこまでは及びませんでした。
でも、美味しかったですよ。
負け惜しみではなく、情報無しの初挑戦としてはなかなかではないか、と。
人に振舞うほどの出来でもないけど・・・

と言うわけで、リベンジを固く心に誓う僕なのでした・・・

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2008年4月14日 (月)

パチンコにおける日本人の余暇の過ごし方についての一考察

学生の頃はパチンコにはまっていた。
まあ、負けることはほとんど無かったように思う。
しかし、当時の彼女に「パチンコかタバコどちらかやめて」と懇願されて、パチンコをやめた。
それからなんとなくパチンコに興味が戻らぬまま20年以上が過ぎた。

5年ほど前、缶詰で台本を書いていて、煮詰まった僕はなぜかパチンコに手を出した。
そのまま去年の夏まで、回数こそ多くは無いもののパチンコ熱は続いていた。
しかし、そのあまりの非生産性と自分のギャンブル適性の低さに耐えかねて、再び禁パチンコ宣言をした。
決めた日から、ただの1回もパチンコはやっていない。

昔からよく話題に出ることだが、日本人は余暇の過ごし方が下手、らしい。
エコノミックアニマル、とまで言われた日本のサラリーマンたちは、「ハイ、余暇ですよ。有意義に遊びなさい」と言われてもどうしていいのか分からない人が多かったのではないだろうか。
ここで、僕はあるキーワードに着目する。
「日本人はとっても勤勉な種族」であると言うことだ。

休みの日は体を休める。
心も休める。
でも、それだけではなんだかもったいないので、物を作ったり、習い事をしたり、何かにチャレンジして成果を欲しがったりする。
それはそれで素晴しいことで、それでいいんだと思う。
むしろ欧米(特にアメリカ)のまねをして、余裕ぶらなきゃいけない、という方が無理している。
でも、やっぱり、そんな「勤勉さ」から逃れたい場合もある。

パチンコの非生産性。
ギャンブルとして一攫千金を狙えるでもなし、手に職が付くでも無し、情報が得られるでもなし。
その”ムダさ”が、その”無意味さ”が”ラクチン”なのではないだろうか。
でも、そこは勤勉日本人。
みんなで並んでいすに座って、みんな同じ動作で画面に見入って、規則的に打ち出される銀色の球の行方と数字の抽選に一喜一憂する。
そして、苦労に苦労を重ねた先にはご褒美が待っている・・・かもしれない。

まさに、擬似成功体験。
「無駄なことをしている開放感」と「これは生産的行為なんだと言う満足感」を両方味わえる、真に日本人的な遊びではないだろうか。

まあ、これはかなり穿った見方なのかもしれない。
純粋にパチンコと言うゲームを愛している人もいる。
友人の作曲家Mさんは、「パチンコはタバコを吸いに行くところ。タバコを吸って考え事をするにはもってこい」だと言い、タバコをやめた現在、パチンコに行く理由は無くなった、のだそうである。
また、別の友人S君は「僕はそれほど好きではない。でも、絶対に負けないのでお金が欲しい時にのみ、行く」のだそうだ。
本当かどうかは知らないが。

たしかに、大当たりが出ると嬉しい。
なかなか当たらずに、やっとの思いで大当たりを引き当てると、何かを成し得たかのような疑似体験が出来る。
合格発表や、コンクールで選抜されたときのようなあの喜びだ。
それは、本当になかなか普通の人では得がたい喜びに違いない。

でも、それ以上でもそれ以下でもない。
結局僕は、その非生産性に我慢が出来ない「勤勉日本人」なんだろうなぁ・・・

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ダムダム人宮ヶ瀬へ行く

080414144612 降り続いた雨がお昼前から小止みになり、太陽も顔を出してきました。
やらなきゃいけないことも山積みではあるんだけど、気分転換をしたくてちょっとお出かけ。
と言ってもほんとに数時間だけのドライブ。
パチンコ、って言う手もあるんだけど、アレはもうやめました。
あとでちょっと語っちゃおうかな・・・

家から近いところに日本でも有数の重力式コンクリートダムがあります。
それが、宮ヶ瀬ダム。
ダムによって近隣の村が沈んだり、その存在意義と様々な不祥事等で工事が遅れたり、といろいろありましたが、規模も周辺施設も関東有数のダムであることは間違いありません。

ダム内部を昇降するエレベーターや、見学施設、公園、レストラン等、奥秩父の浦山ダムにちょっと似ています。
まあ、ダムの詳しい話はそのうちホームページの更新で。
ただ、特筆すべきはその最新のメンテナンス。

ダムではもちろんほぼ毎日様々なメンテナンスが行われています。
しかし、提頂部が400メートル、高さは156メートルにも及ぶ巨大なコンクリートの塊。
人間が歩いてダムの内部を検査するのは大変な重労働です。
ダムの内部に張り巡らされた、検査のための廊下、「監査廊」。
映画「ホワイトアウト」では織田雄二が敵と戦うために走り回ります。
このダムではそこを二人乗りのモノレールが走ります。
ゆっくりとダム中を周りながらしっかりと異常が無いか検査していくのです。

なんと、その見学許可をもらってしまいました!
いつ行けるかはまだ分からないのですが・・・
母上、ありがとう!

興味があり、私も行きたい!と言うマニアはご一報を。

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2008年4月13日 (日)

suica2

昨日は悔しいことに予約の新幹線に乗り遅れた。
インターネットで予約して安心していたのに、なぜか自動券売機でチケットを受け取れなかったのだ。
先日上手く行ったものだから今回は余裕ぶっちゃって、お弁当なんか買って本屋さんにも寄っちゃって、そんなわけでギリギリの時間に窓口に並ぶ羽目に。。。
僕の番まであと二人、というところであえなくタイムオーバー。
でも、乗車変更でOKだった。

ところで、suicaは結局使用しなかった・・・
ので切符で入ってsuicaで出られるか、は未検証。
でも多分だめだろう。

でも、ホームのコンビニでの買い物に使ってみた。
なるほどね、チャージしてないとかえってもたついちゃって行列の後ろからブーイングが来るってことだけはよくわかったよ。
なんだよ、suica、不便じゃないか!
ななこカードの方がよっぽど便利だよ!!

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2008年4月12日 (土)

suica

生まれて初めてsuicaを使った。
人から借りたので、仕組みや使い方がよくわからない。
とりあえず改札のカード挿入口に入れようとしたが、入らない。
何度かトライしているうちにキンコンキンコン鳴り出した。
そもそも自動改札と飛行機のセキュリティチェックは多分に威圧的だ、と思うのだが。。。
動転して恥ずかしかったのであきらめて切符を買った。

今は近郊私鉄の中。
ちょっと蒸し暑いかな、と思っていたらエアコンが入った。

ふと考えるに、suicaはタッチすれば良かったのではないだろうか。
焦って気が付かなかったのが悔しい。
降りるときに試してみよう。

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2008年4月11日 (金)

麗らか

”うららか”っていい言葉ですね。
麗らかな光がふりそそぎ、麗らかな陽気で、麗らかな気持ちになる、麗らかな日でした。

今日は俳優のM君と打ち合わせ兼演出相談。
昼飯でも作ろうか、と春キャベツとシラスとアンチョビのオイルパスタを作りました。
ついでに、と、キャンティ・クラシコをあけて軽く乾杯。
いろいろ楽しい話も出来て、おトクな一日でした。

・・・となるはずだったのですが、夕刻から次の仕事に入る頃に徐々に体調が下降気味・・・
ワインを飲みすぎたか?とも思ったのですがどうも違うようで・・・
何か食材が悪かったのか・・・?
それも違うようで・・・

ベッドに突っ伏して、過去の同じ症状を脳みそデータベースから検索。
以前にも同じような状態になったことがある・・・けど思い出せない・・・
彼女が帰宅し、僕の様子を見て「ニンニク食べたでしょ」と一言。

確かに食べましたよ。
だって、オイルパスタですから。
アンチョビと鷹の爪と隠し味にドライトマトもちょびっと入れて。
でも、この症状は以前「ニンニク祭り」と称して食べまくったときと同じ症状。

「ニンニクが古かったんじゃないの?}
確かに、ちょっと古めだったけど、そんなに変じゃなかったよ・・・
でも、思い当たる節がある。
以前にも少量のニンニクでこうなったことがある。
ああ、いわゆる、これが「ニンニクにあたった」ってやつですね。

体調?食べ合わせ?特別な成分?
調べたら確かにそういうケースは報告されており、しかし詳細は不明なんだそうです。

ちぇ。

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2008年4月10日 (木)

無題

とてもやりたい仕事のオファーが3つ入った。
偶然、そのどれもが先約のあるスケジュールだった。

基本的に、僕は先に入った予定を優先にしている。
基本的に、と言ったのは様々な事情から何とか調整をしてやりくりできるなら、予定の変更もやむなし、と言う意味で、やりたい仕事・ギャラの高い仕事等に乗り換える、と言う意味ではない。
当たり前だね。
まあ、実際に予定の変更をしなければいけないときも間々ある。
それは断腸の思いで調整するのであって、切り捨てたり乗り換えるわけでは、絶対にない。

それがどんなに小規模の約束だったとしても約束は約束だ。
それがどんなに心惹かれる誘いだったとしても、不義理は出来ない。
でも、この業界、割り切った上で自分にとって重要な仕事を優先して、あっさり切り捨てる、と言う人も少なくはない。

今回の話のうちのひとつは僕にとって本当に大きなチャンスだった。
(ちなみに、他のお話も、本当に心からやりたいお話だった・・・後ろ髪引かれる思いとはこのことだ・・・)
本気で、すべてを捨ててその仕事を引き受けようかと思った。
しかし、それでも、僕は約束を選ぶ。

「そんなの、考えが甘い」「そんなところでカッコつけてどうする」
という意見も聞いた。
でも、やっぱり僕は自分の目の前にある曲から逃げられない。
その曲を演奏することに、僕にとっての価値がある。
僕は金儲けをする以前に、やはり音楽がやりたい・・・

本当に本当に考えた。
まるで、「いま小倉優子に本気で結婚を迫られたとしたら、きっと同じ感じだろうなぁ・・・」と言ったら、
ぶっとばされた・・・

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ダムダム人が行く

Sdsc00879 昨日の午前中、盛岡の皆さんの好意によりダム見学ツアーが開催されました!
普段見れない発電所の中まで交渉して見学できるようにしてくれたみたい。
いやぁ、楽しみ!

目的地は「岩洞ダム」と「岩洞第一発電所」
上の写真は道行きにあったダム、「綱取ダム」
ゆっくり眺めたいところだけれど先を急ぎます。

Sdsc00882 これももちろんダムの仲間。
土を盛って堰堤を作ったいわゆるアースフィルダム。
と、思ってよく見たらコンクリートで出来ている!
古くから使われた取水用のダムのようで、奥に水門が見えます。
昔は土や岩で出来ていたんでしょうね。
超越流がどんどん堰堤を越えていきますから、このダムの寿命は短く、壊れたらまた作り、の繰り返しなのでしょう。

岩洞第一発電所に到着すると、僕らを待ちわびたのか作業員の方々が数人外で出迎えてくれました。。
ここは、なんと地下300メートルのところに穴を掘って作られた、盛岡最大の発電所。
Sdsc00890 その地下の穴倉にこのインクライン(急峻なケーブルカー)で降りていきます。
なんたって30メートルも地下に潜るんですから所要時間も15分以上かかります。
さあ、いざ地の底へ!

Sdsc00913ちょっとひんやりするけれど、それでも思ったよりも寒くはなく、むしろ快適。
ここは光も空気も通わない地の底。
新鮮な空気を入り口から絶えず送り込んでいるそうです。

Sdsc00899内部は巨大な2基の発電機。
ここは有効落差400メートルにも達する水力発電所。
少ない水量でもこれだけの落差があれば、そのエネルギーは莫大になります。
なんたって75トンもある発電水車を回しちゃうんだから!
こういう場合には少ない水量・高い落差に適した水車、「ペルトン水車」が使われています。http://homepage1.nifty.com/youchin/Dam/dam-001-2-1.html

Sdsc00905 現在発電機は稼働中。
ピーク時の半分ぐらいの出力だそうです。
最大時の出力では4~6万世帯の電力を賄えるというから、これも驚き。
内部では露わになった主軸が回転をしているのが見えます。
それほどの高回転ではなく、それがかえって巨大な物体の運動エネルギーを感じさせます。
止めるときも、水流をカットした後にも水車は止まらず、惰性でしばらく動き続けます。
長い時間がたってようやくスピードが15%(4分の1)ぐらいに落ちたところでぎゅ~っとブレーキをかけるんだそうです。

いやあ、久しぶりにダムを堪能しました。
これを機にホームページのほうの「ダムページ」もリニューアル・・・しようかな。
http://homepage1.nifty.com/youchin/Dam/dam-index.html

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2008年4月 9日 (水)

旅の締めくくり

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昨日は盛岡。
今日の午前中はダムを見学し(後でたっぷり書かせていただきます!)夕方には池袋で英会話に行って、夜はそのままリハーサル。
新幹線の中でも、立ち寄ったコーヒーショップでも、とにかくやらなきゃいけないことが山積みで、なにかしらずーっと考え続けていた一日でした。
夜のリハでの演奏が芳しくなく、少々力が入ってしまい、何となく今は反省モードです。。。

こういうときは軽く飲みにでも行きたいところ。
せっかく車じゃないし。
でも、そんなときほど思い通りには行かないようで。。。

で、今はロマンスカーの中。
旅のお供はもちろん、チョコレート。

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2008年4月 8日 (火)

春の嵐

昨日から強い雨と風
春の嵐の様相。
大丈夫かな、これから盛岡なのに・・・

この雨風で桜の花は大方飛んでいっちゃっただろうな。
淡い期待を抱いていたけど、これで今年のお花見の可能性も完全になくなったわけで。

子供の頃、鎌倉山の桜は、もうそれは本当に見事で、引っ越した後も家の近くには桜の木がいっぱいあって、それでずっと不思議だった。
花びらがまるで雪のように降り積もって、野球帽ですくっては降りまわってよく遊んだけれど、最後はどこに行くんだろう。
排水溝に吸い込まれるには多すぎる、風で飛ぶならどこかに行き着いて溜まるはず、人が掃き捨てるなら大掛かりな掃除のシーンに出会うはずだ。

そのどれでもないのか、そのどれもなのか・・・

遠雷が聞こえる。

誰もいない部屋で雨の音を聞きながら浮かんでくるのは、なぜか優しい曲ばかりだ。

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2008年4月 7日 (月)

校歌の効果

知り合いから某中学校の校歌の編曲を頼まれた。
まあ、すぐ出来ちゃうだろう、ということでギャラは「キットカット」
袋詰めのじゃなくて、赤い4本入りのがいいなぁ・・・1個でいいから。

案の定4パターンのアレンジで2時間。
でもなぁ、作曲の大先生には悪いけど、微妙な曲だなぁ・・・
和音もはまりが悪いし・・・
で、同じ歌詞でつい作っちゃった。
結構いい曲。
母が聞いて「これにしちゃえばいいじゃない」、とのたまう。

でもね、母校の校歌はやはり大切なのですよ。
自分の母校の校歌が知らない間に変わっちゃってたら悲しいものね。

僕も、自分の母校(小・中・高)の校歌は全部歌えるし、好きだもの。

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アナログとデジタル

080406234211帰宅し、遅い夕食に春キャベツとアンチョビでパスタを作って一人で食べた。
思い立って久しぶりにレコードを聴いた。

R・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」(「ひでおのいきがい」ではない)
小沢征爾指揮のボストンの演奏

引っ越す前は時間の許す限りレコードからパソコンに録音し、デジタルデータとして保存していた。
レコードの音源を手軽に聴きたかったからだ。
ところが、1年ほど前、パソコンのハードディスクの故障とともにすべて消えてしまった。
それで一気にやる気のうせた僕はレコードを押入れの奥深く仕舞いこんでしまった。

だが、引っ越してちょっと事情が変わった。
壁一面に前後二重の可動棚をこしらえてもらい、レコードの管理がしやすくなった。
リビングに新しいスピーカーセットとアンプを購入した。
新しい針とカートリッジを買った。
3Fに置いたレコードプレイヤーからリビングのアンプに無線で音を飛ばす機械を手に入れた。

昔を語るような年ではないが、僕が子供のころはまだCDはなかった。
レコードをカセットテープに録音して聞くのが一般的だった。
いわゆる、アナログの時代。

そもそもデジタルとは数値化された情報のこと。
世に解き放たれた音はすべてアナログの状態なわけで、これをデジタル化するには「量子化」が必要になる。

量子化を例えてみると「ひとつの画を縦横に細かく切って記録する」ということだ。
その一つ一つの断片の情報をノートに書き写していく。
「元の場所」と「色」という情報として。

で、断片の絵を見てみる。
「画」というよりは単なる「色」である。
だから、色番号に置き換える。
あらかじめ色に対応した数字を決めておく。
たとえば「くろ=0、しろ=1」とか。
色が多ければ多いほど元の絵に近い状態で記録できる。
「ぐんじょう=16、エメラルドグリーン=23」とか。
もっと細かく「明るめの白みがかったピンク=2365、暗めに落ち着いた赤っぽい黄色=65438」とか。

元の絵を切るときの断片の大きさも問題になる。
たとえば一枚の写真を縦20横20の400個の断片に切ってみる。
100枚目の断片には人間のほっぺたの一部が写っている。
断片の右端は明るめの肌色で、左端は暗めの肌色。
でも、強引にひとつの色として記録しなければならない。
もっと断片が大きいと「髪の毛の一部とおでこの一部と眉毛の一部」をすべてひとつの色で記録しなければいけなくなるかもしれない。

こうしてアナログ情報を数値化することを「量子化」と呼ぶ。
この場合はAD変換(アナログ⇒デジタル変換)とも言う。

つぎに、ノートに記録した数値を、もう一度絵の状態に戻してみる。
「ノートに書いてあるとおりの場所」に「ノートに書いてある色」のカードを置いてみよう。
だいぶ簡略化(圧縮)されているので、元の絵に比べるとかなり「粗い」ものになる。

つまり、元の状態に近く記録するためには「出来るだけ多い色情報」と「出来るだけ細かく断片にする」ことが必要なのだ。
本来の情報には「マチエール」「筆致」などまだまだ様々な情報があるし、「匂い」「手触り」といった情報まであるかもしれない。

音楽の場合も様々な要素に細分し、分類し、数値化して記録する。
だから、その情報量が多いほど元の状態に近くなる。
サンプリング周波数(レート)、量子化ビット数などの表記がその細かさを表している。

しかし、まあ、どんなにがんばっても理論的にはアナログの連続的データには絶対にならない。
人間の耳(脳)でどこまで認識できるのかは分からないが、少なくともCDとレコードでははっきり違いが聴き取れる。
これほどまでに違うとは、ちょっと久しぶりに驚いた。

ヒスノイズ(レコード独特の雑音)すら味に感じる。
CDを初めて聞いたときにはその雑音のなさに驚いたが、音や音楽の奥深さでは圧倒的にレコードのほうが優れている。
ipodとかの携帯プレイヤーなんてもうそれ以下の以下。(まあ、便利だけど)

未だにレコードが廃れず、あまつさえ新譜すら発売され、近年では需要も高まりつつある理由を体感した。
もちろん、デジタル音楽業界も1ビットオーディオやSACD、DVD-audioなどの高音質規格が登場しているのでこれからは更に原音に近い音楽が手軽に聴けるようになるのかもしれない。

それにしても、「英雄の生涯」にはまったく触れてない。
まあ、感想はまた今度。

・・・
と、ここまで書いていて、気になってパソコンのレコーディングソフトを見てみた。
僕のパソコンはVAIOである。
なんと、その付属のレコーディングソフトでDSD(SACDの規格)形式の録音とDVDへの出力が出来るらしいのだ!
それもPS3で再生が出来るという。
SACDも再生できるというから、これは使わない手はないでしょう!!
さすがソニー、すごいぞソニー!

でも、英語版のPS3の解説読んだら、最近のファームアップでSACDの5.1chの出力は出来なくなった、との事。
改善するところは大きくニュースにするのに、こういう機能縮小のところはこっそりやる。
なんか、こういうところがソニーなんだよなぁ・・・

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2008年4月 6日 (日)

SF映画の金字塔

080406015307
今日は朝からオーディションにかかりきりでした。
いろんなオーディションの度に思うけれど、みなさん本当に個性的で、それぞれに魅力的で、選ぶのに一苦労。。。
でも、どちらかというと日本人は消極的。
可もなく不可もなく・・・というより、マイナスにならないように、という感じ。
その点、アメリカ人やヨーロッパの人は、大失敗になろうが恥をかこうが、とにかく自分の得意な部分を猛アピール。
でも、選ぶ僕らも日本人だから、結局見る部分は同じだったりするのかも。。。

その後は打ち合わせの後、大至急移動して別のリハーサル。
時間に余裕があると思ってたのに、ほとんど休めず・・・
始まっちゃった頭痛を鎮痛薬(ロキソニン)3錠飲んでごまかしたら、なぜかその後絶好調。

なのに、リハ終了後はまっすぐ帰宅して、家で独り寂しく映画見ながらご飯。
で、見た映画が冒頭の写真。
何の映画かわかるかな?

SF映画の金字塔。
多くの映画が影響を受けました。
僕が時々、思い返したように見る映画の一つです。

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2008年4月 4日 (金)

○○○の日

3月3日は五節句のひとつ。
ひな祭りが催される、華やかな女の子の節句。

5月5日は端午の節句。
やはり五節句のひとつで、男の子の節句。

7月7日、9月9日、11月11日が残りの3っの節句。

・・・というのが僕の知識だったんだけど・・・

先ほどある友人からメールが。
その友人はいわゆるゲイの方。
音楽家や舞台人にはとっても多いので、それほど珍しいことではなく、さらにとっても優秀な人が多い。
それに、例外なく話し上手で優しい人も多い。
ちなみに、メールの主は実はゲイではなく「オカマちゃん」

で、メールの内容は、
「今日は4月4日オカマの日。ぜひお店に来てね~」
だって。

なるほどね・・・

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絶対音楽と標題音楽

Mer2 ドビュッシーは交響詩「海」で印象主義の視点から海の表情を音楽にした。
ヴィヴァルディは四季折々の表情を音楽へ写しとる試みをした。
ベートヴェンは交響曲6番の中に“自然”を織り込んだ。
ピアソラは「アディオス・ノニーノ」で父への永訣と悲しみを歌った。

「標題音楽」とは、題名、表題、内容を案内するような文章を付して音楽でそれを表出しようとした音楽である。
が、近年では文ではなく画像や映像を添えたり、何もなくとも音楽から読み取れる劇的表現のみを用いて様々な場面や状況を映し出すものもある。
もちろん、それらには喜び・悲しみ・恐怖、といったような心情の表現も含まれる。

ただ、カッコウの音を模して笛で吹いたり、ロバの蹄の音をお椀で表したりしただけでは、それは音楽ではなく、音響効果に過ぎない。
偉大なる先人たちは、単に何かを音に写しとったのではなく、「それらを音楽に」した、或いは「音楽でそれらを表現」したのだ。

グロフェはグランド・キャニオンの中でココナッツのお椀でロバの蹄の音を出そうとしたし、レスピーギに至ってはローマの松の中でナイチンゲール(夜鳴き鶯)の声のレコードを使用するように指示している。
更に、現代ではわざとコンサートホールのドアを開け放ち、雑踏の音を表現の一部にしたり、雑踏の音を録音した素材を使用したりもする。
これらはあくまで、現象を音に写しとり、それを素材に音楽を作り上げたのである。
多分に直接的ではあるが・・・

すべての作家の作品を妄信的に受け入れるつもりはないが、そこに作家の強い表現へのモチベーションがある限りそれには意味がある、と思っている。

それに対して、音楽の機械的構築、対位的な美しさ、機能美の上に成り立つ和音、原理的な法則、等を用いて、音楽それ自体の持つ力、美しさ、楽しみ、を表現したのが絶対音楽、純粋音楽と言われるものである。
そして、この「絶対音楽こそが正しい音楽であり、他の情報で縁取られた音楽には、音楽そのものとしても価値は薄い」、とする考え方がある。
もちろんこの考え方に諸手を挙げて賛同はしないが。
僕は標題音楽であれ絶対音楽であれ、その価値に何の変りもない、と考えている。

だから、標題音楽も、音楽それ自体に独立して力がなければ到底存在はし得ない、と思うのだ。
つまり、素晴しい標題音楽はそれ自体が絶対音楽として十分成り立つ、のである。

絶対音楽だから素晴しいのではなく、まず素晴しい音楽があり、その音楽に「標題」があるかないかの違いだけではないか。(もちろん、曲が作られてから表題が作られた、と言っているのではない)
絶対音楽の中には、その作品の作られた衝動や原動が何かの心理的標題の上に生まれているものもあるかもしれない。
だから、そこからオーディエンス(或いは奏者)が標題的なものを読み取ったとして、何の間違いがあろうか。
標題音楽から、また作者の意図とは違うイメージを受け取ることもあるだろう。

しかし、標題音楽の「標題」部分に誤魔化されてしまって、本来のその作品の価値を見誤ってはいないか?という警鐘を内包したのが上記の「絶対音楽絶対主義」なのかもしれない。
もしそうなら警鐘の部分に共感する。
近年、その曲の音楽が標榜しているものが標題しているものとあまりにかけ離れている音楽が多くはないか?
奇をてらったり、大衆受けしたり、コマーシャリズムの上で作られた題名の曲が多くはないか?

僕は絶対音楽をリハーサルするときにも詩的な表現をしたり劇的な表現をすることがある。
しかし、それはイメージや表現を限定するものではないし、絶対音楽に標題的表現を加えるつもりも毛頭ない。
僕の持っている世界観や音楽観を伝える、僕の表現の仕方のひとつでしかない。

最近貪るようにいろんな音楽を聴いている。
けして有名な曲ではなくとも、素晴しいアイディアや美しい旋律に出会う。
単純な曲でも難解な曲でも、良いものは良い。
しかし、標題にその作品とは関係のない意図を感じる曲に出会うたびに残念に思う。
話題の曲にもそんな曲が時々ある。
目新しい、とっつきやすい標題に惑わされてはいけない。
本当に良い曲は、確固たる自分の審美眼を鍛えながらに、自分自身で見つけなければならない。
絶対音楽としての価値を備えたものを。

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2008年4月 3日 (木)

棲みたいと、心焦がれる街

080403104606 一人で朝日の中コーヒーを飲んでいて考えた。
住みたい家に住むべきか、住みたい場所に住むべきか。

今は住みたい家に住んでいるわけで、これにはとっても満足している。
場所に関しては、不便はあるけれど不満はない。
いろいろすったもんだがあってこうなったので、それにも文句はない。

だが、以前は住む場所にこだわった。
鎌倉・広尾・麻布、が僕の3大憧れの町だった。

鎌倉は子供のころから慣れ親しんだ町。
いつかはここに帰るんだ、という気持ちをいつも心のどこかに持って暮らしていて、それは今も変わらない。
広尾、麻布は華やかな場所、というよりもそれに見え隠れする老舗の匂いに惹かれている。

”自転車に乗りロッキー(シェットランドシープドッグ)を連れ有栖川公園の近くを走る。背中のデイパックからはちょこっと顔を出した焼きたてのバゲットがいい香りを放っている。その香りに気付いて可愛く吼えるのはリリー(ポメラニアン)だ。飼い主の女性とは最近良くすれ違い、会釈ぐらいは交わすようになった。白いノースリーブが良く似合うこの女性に、僕はひそかに恋をし始めている”

というのが憧れの妄想。

向島や築地、銀座のはずれ、神楽坂やといった下町にも住んでみたい。
共通して感じるのは、水があり、道があり、社があり、祭り(祀り)があり、長い時間の流れを感じる場所。

飯田にも住みたい。
いままでに、こんなに澄んだ空気の中で暮らしている街を見たことはない。
新潟にも住みたい。
一言で言えば美味しい街だ。いろんな意味で。
京都にも住みたい。
鎌倉に住みたいのとほぼ同じ心持ち。

沖縄や北海道には住みたくても住めない。
きっと訪問者の域を出られないと思う。
リタイヤして、終の棲家を探すときに沖縄は候補地になるかもしれない。

今気が付いた。
これらの場所を想う時、必ずいくつかの匂いも思い出す。
気持ちのいい匂い。
季節の匂いのない場所では暮らせない。

”夕暮れ 僕の町には チョコレート工場の においがする・・・”
と、ある人の歌にある。
どこだろう。
いいなぁ・・・

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安いぞ!ガソリン!

080402221041 ニュースでは知っていたが、改めて値段表示を見ると、

安い!

写真はボケボケで写っていないと思うが、1リットル当たり大体137円(ハイオク)
つい数日前までは160円近辺だったわけで、満タンにすると1500円ほども違う。

しかし、在庫分は暫定税率が加算されているときに仕入れたものが多いと聞く。
それを安くして売りに出すと、一日あたり60~90万円の損失が出る店もあるという。
それを見越して、年度末までに高い在庫を減らせるだけ減らし、安くなったオイルを仕入れてちょっと高めに売る店も出ているというから商魂たくましいというか、なんと言うか。
もっとも、買い控えの消費者・業者が一斉に購買を始めたためあちらこちらで品薄になっているらしいから、商品が確保できず臨時休業するガソリンスタンドや、運送業者もある。

まあ、30日に満タンにしちゃって、しばらくは持ちそうなので、僕にはあまり関係ない。
それより、一連のこの騒動での経済損失のほうがもったいない気がするけどなぁ・・・

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2008年4月 1日 (火)

エイプリルフールⅡ

S080401210055さすがに誰も来ませんでした。
当たり前ですね。
偶然ここを読んで、偶然暇で、ここでワインを飲もうという物好き、なかなかいませんよね。
来年もやってみよう。
誰か来るかも。

さて、そんなわけで今日作ったのはパスタ2種。

サーモンとほうれん草とブロッコリーの花のクリームパスタ
と、
マスカルポーネとトマトのソースにジャガイモのニョッキ。
それにチキンのフライを合わせてみました。

ワインは微炭酸のドルチェワイン、ヴィッラ。
これがとっても美味しかったんだけれど、酔っちゃった。

今日は骨休み。
久しぶりに掃除や料理などしてみました。
読みかけの本を読み、他愛もないことをつらつらと考え、ほんのちょっぴり後ろを振り返ったり。

「さて、明日のことを考えよう」と思ったとたん、まるで魔法が解けるみたいに、次々に時間の波が押し寄せてきました。
まるで今日一日、神様が世間と時間の流れを違えてくれたみたいで、夢から醒める呪文を唱えると、まるで溜まった時間が皺のよったシーツをのばすように此方に流れ出してきました。

さて、いよいよ4月。

明日からまた一皮剥けた僕が動き出します。

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エイプリル・フール

今日は080401150220 ワインの飲み比べをいたしましょう。
それも、ボルドーとブルゴーニュ・ボジョレーに絞って。

まずはボルドー
BEAU-SITE 1998(これ、飲んでみたかった)
GRAND MARQUIS 2003

ボルドースタイルのイタリアワインの代表
CHIANTI CLASSICO 2002

それから
ブルゴーニュのDomaine A.F. GROS の2002年物と
去年のボジョレーのヌーボー(全然ヌーボーじゃないけど)

たまたまこのメッセージを読み、たまたまお時間があり、たまたま遠くまで出向く元気があり、物好きで、洒落が分かる方、どうぞどうぞ家までお越しくださいませ!
出来ればチーズ(願わくば山羊の)と、お勧めワイン(ロマネコンティとかどう?)を持参してくれるとなお嬉しいですが、もちろん手ぶらでもOKです。

「・・・洒落が分かる・・・」ってところ重要ですから。

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祭りの翌日

S080331100458  ウェスティンホテルはかなり好きなホテル。
おもてなしの心を感じることが多いのです。
その日も、宴が終わって部屋に帰るとよーく冷やしたシャンパンがありました。

人がいて自分がいて、いつも一人ではなくて、僕がいまここにいるのは、友人の友人の友人のおかげ。
紆余曲折の末辿り着いたひとつの結論。
みんなが楽しんでくれたら、それが何より嬉しいプレゼントです。

朝は17階以上に泊る人のみの特別メニューで。
朝から食べ過ぎちゃったのは言うまでもありません。

プレゼントをもらうとき何より嬉しいのは、その人が自分の喜ぶことを真剣に考えてくれたという事実。
昨日は本当にそんな皆さんの愛情を感じました。

感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

そして、これからもよろしくお願いいたします。

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