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2008年7月

2008年7月31日 (木)

僕には夢があります。

僕にとっての「夢」とは実現可能なこと。
一見荒唐無稽に見えても、夢見れることは必ず叶う。
そんな実感と予感が入り混じったものがあります。

僕は自称「プロの妄想家」なので想像するのも妄想するのも得意です。
だから、本当に実現不可能な絵空事を描くのも好き。
もちろんほとんどすべては楽しい想像ばかり。
その幸せな結論の前後にストーリーが追加されて一大ページェントになっちゃったり。

僕の持論の一つ「想像力は創造力」。
自由の翼を広げて想像(妄想?)の世界を飛び回ると、それが自分でも驚く新しい世界やアイディアが飛び出してきます。
それらが、新しい料理や音楽や新曲や発明品につながるんです。
これこそが原動力…かな?

持論をもうひとつ。
「夢は必ず叶う」
形は変わるかもしれないけれど、必ず夢見たことは叶う。
小さなことから大きなことまで。
想像力は夢を生み創造力でそれを叶える。
そんな感じかもしれません。

で、僕の夢は、というと…
あ、もう字数がありません。
また今度!

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2008年7月28日 (月)

遠く、雪山に憧れる

携帯電話を買うのに付き合い、自分はどうも興味が沸かず、大好きなヨドバシで何も買わないのも悔しく、ついブルーレイディスクのまとめ買い。

最近は音楽のディスクも増えてきていて、ちょっとこの先楽しみ。
「雪山のシーズン」「恋に落ちたら」「小澤征爾&ボストン響のチャイコの6番」「I am legend」等々を購入。
今はちょっと見る時間がないので封印。
と、思いつつちょっとだけ・・・と楽譜作業をしながら同じパソコンで再生。
「雪山のシーズン」の出だし1チャプター程だけ視聴。

思わず声出ちゃう、唸っちゃう。
スキーもスノボも好きだけど、結局何が好きかって、「雪山」が好き。
「私をスキーに連れてって」は40回以上見ました。
当時は暇だったし。
セリフもテロップも音楽も全部覚えていました。
原点はやっぱり「白銀の世界」これと「私をスキー…」でスキーにはまりました。
織田裕二の「ホワイトアウト」では雪山もダムもこれ以上ないほどに堪能できます。

ああ、遠く、雪山に恋い焦がれる・・・

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清濁併せ持つ

人ってそんなものかもしれません…
表裏一体とも言えますが。

AB型の自分といたしましては、いくつもの面を持つ自分に、悩んだり迷ったりしたこともありますが、それすらも結局一つの自分。

何でも興味あり、何でも知りたい、何でも手に入れたい。
メジャー好きのマイナー好き。
フラッグシップ症候群であり、孤高でもいたいが一人は嫌。
さみしがり屋でかまわれたがりだけど、一人の時間も結構好き。

スポーツ好きだけどインドアも好き。
熱しやすく冷めやすいが、これと決めたら滅多な事じゃ変えない。
広く浅い知識もあるけど、どうでもいいことにやたら詳しかったりする。

ゲーム機買うけど滅多にやらない。
音楽何でも聴くけれど、嫌いなものはとことん嫌い。

支離滅裂?
・・・眠いです・・・

秋にはまりそうなのは「亡念のザムド」

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S.W.ホーキング博士

僕らが子供の頃の宇宙のヒーローと言えば、間違いなくホーキング博士だ。
テレビの中の博士は、実にカッコよくスマートに、宇宙の様々な不思議を説明して見せた。
確か彼は自分の足で歩いていたように思うが・・・

最近になって博士の著作をいくつか読んだ。
移動の車内で読んだりしていて、流し読みに近いのだが。
で、彼自身のことが気になって更にいろいろ読んでみた。
そこで、本当に、まったく、無知蒙昧で失礼極まりないことなのだが、彼が存命なのを知った。
筋委縮性側索硬化症(ALS)という難病に侵されながらも、わずかな目の動きで操るコンピューターと手足となって動き回る特別な車いすで世界中を飛び回って、研究や講演を続けているのは知っていたのだが・・・

博士は生きていた。
それも現役の研究者として新しい論文も著わしている。
3人の子供たちもいるが最近では再婚も果たしたと!
今後も博士の活躍を祈るのみです。

今日言いたかったのは実はそこではなく、また買っちゃった「マンガ・・・」シリーズ。
すでに、「マンガ素粒子論」「マンガ最新宇宙論」等々購入しているが、今回は「マンガ・ホーキング入門」。
例によってこの「マンガ・・・」シリーズに漫画は登場しない。
幾分わかりやすいイラストが多いだけである。
しかし、まぁ、入門としてはいいのかもしれない。
さらに言えば、「広く浅い知識」で満足な僕としては、これで十分なのである。

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2008年7月25日 (金)

予想通りではありますが・・・

ハリー・ポッター、おもしろかったです。
読んじゃいました、結局一気に。
移動時間も睡眠時間も使って・・・

第一巻が上梓されたのが1999年だそうですから実に10年にも及ぼうという一大プロジェクトだったのですね。
その頃の僕はいろいろ転機を迎えていました。
2ヶ月で16キロも痩せたのもこの頃です。
物語の登場人物も、僕も、作者も、訳者も、成長したところあり変わらぬところあり。
しかしやはり、人の紡いだ物語。
特に翻訳の松岡さんは、厭味なく松岡さんの好み・解釈・愛情・才能を注ぎ、はっきりと無二の日本語によるハリー・ポッターの世界を作り上げたことに驚嘆と賞賛をお送りしたいと思います。

人が作った物語。
少なからず、その人の取り巻く状況も写し出されます。
でも、それ自体を物語に持ち込むことなく楽しめ、かつそのことはこの作品への興味と愛情を掻き立てます。

いろいろ言う人も多いでしょうが、僕はこの物語が好きです。
箱根か軽井沢あたりの旧い居心地の良いホテルに長逗留して、1巻から読破!とかしてみたいなあ・・・

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死ぬまで生きる

死ぬのはいつでもできるから、死ぬまで生きるのもいいんじゃない?
生きられるのに生きることを放棄したら、あたしはあんたをぶっ殺すよ。

幾度かの、本当に辛かった時、この言葉が救ってくれたことがあります。
今本当に辛い人になかなか言えないかもしれないけれど。

まあ、みっともなく悪あがきして、泥にまみれて枯れるまで泣いて、苦しみに喘ぎ足掻いて転がりまわったら、やがて朝になるでしょう。
おなかもグゥと鳴るでしょう。
本当にどん底味わったら、あとは何やっても登るだけ。

人それぞれ苦しみや悩みがあって、その重さは比べられるものじゃない。
幼稚園児の失恋の悩みだって、その子にとって世界の全てかもしれない。
だからやっぱり、生きてることは辛いです。
でも、僕が死んでも世界は回る。
死ぬ気になるなら、何かができる。

今、森山直太郎のこの歌が賛否両論なんだそうです。

http://www.naotaro.com/special/ikite_ly.asp

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或いはマジックアワーの如く

貧しい親娘にとって、火曜日は週に一度のご馳走の日。
「いつも朝はひとかけらのパン、夕食は塩とジャガイモだけ、でも今日は!」

現在の日本に生きる僕らにとってはなかなか想像しにくいこと。
薄い小麦のクレープに焼きリンゴが加わっただけで世界が変わっちゃうほどのご馳走に、どうして感じられましょう。
でも、それだけで、いつもの部屋は金色に輝き、いつもの鍋もフライパンもはしゃいで笑い声をあげ、焦らしながら焦らしながらその時間を噛みしめる。

子供の頃、まだ母が家にいた頃、おやつは母の手作りがほとんどだった。(今思うと、なんと貴重なこと!)
だから、チョコレートが食べられるなんて年に数えるほど。
そりゃあ飛び上るほどに美味しかった!

その頃は、見ること・聴くこと・触れること・その感じる全て・が初めてのことで、それを体中で理解していたので、世界の感動はいつも新鮮に素直に心に届いた。
だが年を重ねるごとに、「人生に、同じ出来事など一つもない」・・・そんな抹香臭い言葉さえ幾度も唱えねばならないほど、蓄積された知識と経験がその目を曇らせていく。

ちょっと手を伸ばせば何でも手に入る。
求めて欲して望んで、それでもなかなか手に入らなかったものが今は手に入る。
だから、忘れてやしませんか?
ささやかな喜びへの、小さな出来事への、素直な感動を。

ねえ、今そこで音楽ができていることは奇跡の一つなんですよ。
きっと、運命が用意してくれたテーブルなんです。
味わいましょう。
それは間違いなく、貴重なご馳走なんですから。

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試験前日には部屋の掃除を… 

やること山積み!の時に限って目の前に別の誘惑がぶら下がっていたりするものです。

届いちゃいました。
「ハリー・ポッターと死の秘宝」
言うまでもなく、ハリー・ポッターシリーズの最終巻・日本語版です。
私、目の前にあるご馳走を前に我慢できるほど、忍耐強い人間ではございません。
で、読み始めちゃったわけです。

1巻を読み終えたところでちょっと反省。
2巻は後回しにして仕事にかかるといたしましょう!

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2008年7月23日 (水)

 すいか

やっぱり夏はスイカですね!

子供のころからスイカ大好き。
一度でいいから一個丸ごと食べてみたい、って思っていました。
一個丸ごとに挑戦したことはまだないけれど、半分を食べきったことはあります。
案外あっさり食べられたように覚えているなぁ…

最近、スーパーなどでは1/4や1/8でも売られているので、気楽に買えて嬉しいです。
塩を振って頭から豪快にかぶり付くのもいいけれど、僕は先割れスプーンで食べるのが好き。
鎌倉山では並んで縁側に座って、思いっきり庭に種を飛ばして食べていました。
手も口もべとべとで、でもそんなのお構いなしで。
で、ホースの水で手と顔を洗い、やがて頭からかぶることになり、最後には全身びしょびしょ。
あれも最高に美味しい食べ方の一つだったなぁ…

先割れスプーンで、砂山を掘るようにトンネルを作っていく。
ひっくり返して反対側からも。
だんだん横にも広げていくと、なんだか橋みたいになってくる。
美味しいからゆっくりゆっくり食べたいんだけど、一番美味しい(と、勝手に信じている)“橋”の部分がだんだん温くなっちゃう。
やがて橋は崩落して楽しいスイカタイムは終了するわけです。

これもきっと所謂“子供食い”の一つなんでしょうね。
やっぱり、夏はスイカです。

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2008年7月22日 (火)

休憩

奏者のみんなは休憩をキチンの定期的にとったほうが効率は上がる。
僕は休憩がなくても全然平気。
むしろテンションを持続できたりする。
これって、泳ぎ続けていないと死んじゃうマグロみたい。

でも、体調が悪いとそれが表に出ちゃう。
それはとっても良くないこと。
一生懸命隠そうとする。
つい行動や口に出ちゃうとあとですごく後悔するはめになる。
心配掛けちゃったりとか。

それでもやっぱり休憩すると、エンジンが一回止まっちゃう。
だから全力で走り切るほうが性に合ってるみたい。
それには細かいリハの計画と準備が必要だけど。

いうなればラムジュート練習法(?)

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24時間テレビ

24時間テレビとか27時間テレビとか、夏休みならではのイベント的番組ってありますよね。
草分けは言うまでもなく日本テレビの24時間テレビ。
小学生のころに始まった記憶があります。

当時は24時間テレビが放映をしている時代ではなく、夜通しテレビが映っている、というだけでもなんだかお祭り気分。
テレビというのは、見たいから点ける。
見終わったら消す、というのが常識。
テレビを消したら、家族の会話とかお風呂入って寝るとか宿題やるとか音楽聴くとか、別の行動が待っているわけで。

でも、今はいつでも深夜でも放映はあるし、DVDもヴィデオもあるし、むしろテレビを消すのは何か用事があるとか出かけるとかいう場合だったり。
時代の変遷、と言えばそれまでだけど。
生演奏しかなかった時代からレコード・CDへと変わり、文学がドラマの中心だった時代から映画・ラジオ・テレビへと選択肢が広がり、時事の情報も新聞・タブロイドから現代の多種多様なメディアへと分化していく。

もちろんレガシーメディアの価値が下がったわけではなく、それぞれ現代でもその価値は多く残っているとは思うけれど。

ただ、テレビの番組に食い入るように熱中し、むさぼるように情報を欲したあの頃がなんだか懐かしく思えます。
憧れの“ラジカセ”を手に入れて、弟といろんな曲を聴きまくったのは紛れもなく僕の原点の一つです。
細かい演奏の癖まで覚えてしまうほど聴き込んだ曲の数々。
今より一日が長かったように思えるから不思議です。

テレビを消して音楽を流そう。
アンテナを広げてどんどん手に入れよう。
“この曲なんて曲だろう?”あの新鮮な驚きをまた見つけよう。

27時間テレビの番宣を見て、そんなことを思った夜でした。

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2008年7月20日 (日)

毒性生物

子供の頃から“毒のある生き物”にちょっぴり興味があります。
と言っても、何でもかんでも興味を持つ僕ですから、例によって薄く広い知識で十分楽しめるのですが・・・

最近はご無沙汰だが、以前はよく夏になるとヨットに乗っていました。
父のヨットは大きいクルーザーなので無理だが母と叔母が使っていたヨットはまあ、経験さえあれば子供でも操縦できます。
ある日、ゆっくりと滑るように走る船べりから手を出していたら手にチクリと刺激が。
ビニール袋が引っ掛かったのかな?と手をあげるとなんだか紐みたいなものが。
あ、と思ったとたん電気が走ったような痛み!
振りほどいたけれど時すでに遅し。
ひどい目にあったなぁ…たぶんあれはカツオノエボシ。

鎌倉に住む叔母がムカデに刺された(噛まれた?)
子供の僕らにはあまりに衝撃的なその腫れかた!
それ以来親の敵のようにムカデを嫌う叔母は、発見と同時に僕ら子供たちに花火による殲滅を命ずるのでした。
骨も残すな、と。

葉山には水生毒性生物を多く展示している水族館がありました(まだあるのかな?)
スカシカシパン、スベスベマンジュウガニの実物はここではじめて見ました。
他にもゴンズイ、インドなんとか貝、オコゼ、なんかもいたかな?

毒をもっているカエルも結構いいるし毒蛇は勿論、人を死に至らしめる生き物もかなりの数いるようです。
子供の頃はそれらを怖いもの見たさで図鑑でよく見ていたものです。
なんて、懐かしく思っているうちにいろいろ見たくなっちゃって、で、買っちゃいました。
そこそこ高価なのに…

「危険!有毒生物」と「有毒生物の秘密!」
でも、インターネットでいろいろ見てたら結構載ってるものですね。
いろいろ興味本位で見ているうちにちょっと飽きました。

またやっちゃったかな?無駄モノ衝動買い。

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背筋を伸ばして

Sdsc06071 玄関アプローチに植えたヒマワリが咲いた。
と言っても種をまいたのはつい先だって。

ゴールデンクレストの間に無理やり小さな芽が出た時は抜いちゃおうかとも思ったけれど。
健気にぐんぐん伸びるヒマワリは、少ない日光を精一杯浴びてとうとう僕の背を追い抜いた。

ちょっと頼りなげに見えますが、結構堂々と真上を向いて咲いていましたよ。
その姿は潔くってちょっと切なくって。

Sdsc06073 ポーチの途中にはいつの間にかブーゲンビリアとゴーヤが。
ゴーヤは小さな実を幾つも付けていました。
食べられるのかな?

それから、小さな青いトマトも。

不思議なのは誰も植えた記憶はないと。
種がどこかから飛んできたのかな?
それとも?

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2008年7月18日 (金)

風の匂いと音楽と

夏本番がやってきました。
真上から降り注ぐ太陽は、すべてを地面に縫い付けるような気さえしますね。
道路にできた、くっきりとした輪郭の自分の影を見ると、なんだか今にも勝手に動きだしそうに思えます。

梅雨もいよいよあけるようです。
夏休みにヒマでヒマで、時間を持て余したあの日々はもう二度と来ないのでしょうね。
擬似的に、携帯も手帳も持たずに山奥の秘境に3日間ほど籠るってのはどうだろう?
朝は靄の中を散歩、昼は暇すぎて昼寝、夕暮れには渓流で釣り、夜は飯食って風呂入って星見て酔っぱらう。

これはなかなかいいぞ、と思いつつ、きっと音楽は頭の中に溢れかえり、奏するか書するかしなければ爆発しちゃうだろうし、得体のしれない焦りが精神も体も蝕んでいきそうな気がしないでもない。
根が貧乏性というか、日本人気質というか…
でも、それを超えて瞑想できたら新たなステージに進めるかも…いやいや、耐えられまい…

大好きだった夏の鎌倉。
ヨーロッパの音楽に全力で向き合う極東生まれの指揮者。
僕のベートーヴェンには鎌倉も登場するのです。
そのことの必要性とそのことの意味を教えてくれたのは、ロシアで出会ったヨーロッパの若い指揮者仲間たちでした。

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後輩に

自分に自信がない時に、人の助けが恋しくなる。

と言うより、人の助けが見えなくなる。

人の言葉を素直に聞けない自分にキチンと気づくこと。

人の支えを忘れるほど周りが見えなくなって、独り相撲になったとき、孤独感はあなたを追い詰める。

辛さが人の所為に思える時、落とし穴が大きな口をあけて笑っている。

努々(ゆめゆめ)忘れることなかれ・・・

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そのままで

あるべき姿が何であれ、今ある姿が今の自分

なりたい姿が何であれ、今ある自分が受け入れるべき全て

そのままでいいですよ

精一杯頑張っていると信じていますから

でも、あえて言いましょう。

がんばれ!

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2008年7月17日 (木)

好き嫌い

最近、何を食べても美味しい。
グルメぶって美味しいものを食べあさったりもするが、病院食でも合宿所のご飯でも、それなりに美味しく楽しめる。

子供の頃の僕は結構好き嫌いが多かった。
ピーマンが嫌い、ニンジンが嫌い、という一般の好き嫌いとはちょっと違ったのかもしれないが。

牛乳もホウレンソウもニンジンも好き。
甘いのも辛いのも平気。
じゃあ、何が苦手か、というと、「食材の多い料理」「濃い味の料理」「複雑な味の料理」だった。

例えばけんちん汁とか豚汁。
食べようと思えば食べられなくもないが、食材ごとに食べないとだめ。
うな重やかつ丼、親子丼も苦手だった。
味が濃い…

お味噌汁も具が2種類以上だとちょっと嫌だった。
豆腐だけ、大根だけ、わかめだけ、ならOK。
混ぜご飯、五目御飯なんて見たくもない。

つまりは複数の食材の味が口の中で渾然一体となる、複雑さが理解できなかったのではないだろうか?
だから、シンプルな料理、冷ややっこ・海老フライ・スパゲッティミートソース・ざるそば・寿司・刺身などなど・・・

しかしある日ターニングポイントが来る。
いつだったかは忘れたが、その感覚ははっきり覚えている。
その日の食卓にはけんちん汁がのぼっていた。
例によって僕は手もつけない。
母が怒る。
食べなさいと。
いつもならそれでも食べないのだが、その日は自分でも何とかしたいと思ったのだろう。
とにかく口の中に、ええいままよとざくざくかき込んだ。

むしゃむしゃ食べた。
・・・ところが、わかる。
さまざまな味のハーモニーが、複雑でも理解できる。
これは楽しい。

もともと、寿司だってネタとシャリのハーモニーだし、味だって複雑だ。
冷ややっこだって醤油と豆腐のハーモニーだ。
ミートソースなんて実はすごく複雑な味なのにね。
複雑な味の喜びを知ったら、単純なハーモニーもより楽しく感じてきた。

今は何でも食べる。
何でもおいしく、楽しい。
美味しいものを食べると、踊りだしたくなる。
人前で踊りで自分を表現する術など持たないので、歩き回ったりする。

考えてみれば、僕をここまで音楽の道にのめり込ませた要因の一つが「ハーモニー」だった。
小学生の時にハモった感動は忘れない。
それから数十年、複雑な和音の喜びも知り、理解し、シンプルな和音への喜びももちろん倍増した。

それでもやっぱりチョコは板チョコが好きだし、おそばにも冷ややっこにも薬味はつけない。
そのままが美味しい。
それには、それ自体が本当に美味しくないとだめだけれど。

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2008年7月16日 (水)

聞きまつがい

汚職事件の御食事券

カレー臭の加齢臭

パンプキンの還付金

一事が万事バンジージャンプ

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2008年7月13日 (日)

見知らぬ天井その3

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0807131
ううむ、またここに来る羽目になるとは・・・
しかも事態はあまり好転してないようで・・・
点滴したらものすごく元気になりましたが、なぜか右手が筋肉痛。

でもまあ、それはそれとして。

駐車場に戻ってエンジンをかけようとすると。。。
かからない・・・
ごめん!セリカ!ライトが点けっ放しだったみたい・・・

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2008年7月12日 (土)

見知らぬ天井②

080712021128
見知らぬ・・・というわけでもない、ここは福島の仮寝のお宿。
いつもお世話になってすまないねぇ・・・

日曜日の本番まで、今日・明日とリハ。
それにしても、やっぱり一人寝は寂しいよ。

今日は自宅を出るときから夏本番の陽気。
温度が、というよりも空が。
今年もいよいよ夏がやってきました。
どんな夏になるのかな?

8月7日の立秋を過ぎ夏が去るときに、今年はどんな気持ちで見送るのだろう?
立秋過ぎてもまだまだ暑いだろうけれど。
涼しい風が吹き、だんだん空が高くなっていく。
盛夏の頃とは違った色の空が。

その時、僕はなにを思っているんだろう。
ああ、今年はどんな出来事が待っているんだろう。

忙しいのは誰も同じ。
時間を作って一緒に旅に行きたい。

数年前、親友・先輩と尊敬し慕う人と短い列車の旅に出た(”移動”ともいう・・・)
あのとき、このまま音楽の話をしながらどこまでも行きたい、と思った。
あのとき、「ああ、僕は音楽を好きでいいんだ」と思った。

また会うときに、胸を張って自慢できることがいっぱいあるように。
嬉々として話せることが山ほどあるように。
明日もがんばろう。

素敵な夏を過ごして、往く夏を切なく、でも誇らしく見送りたい。
こんな気持ちの時に、とっても会いたく、なる。

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2008年7月10日 (木)

気合

さあ、気合を入れなおそう。
発信することがたくさんあってこそ輝ける、というもの。

誰かのことを思って曲を書くような、純粋で一途な思いを持って音楽と向き合いたい。
自分の中で立ち止まってる感じを吹き飛ばすために、まず!!

まず・・・

まず・・・?

体を鍛えるところから始めますか。
それから、あれと、あれと、あれも。

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2008年7月 9日 (水)

calculus...

ううむ、痛いです…

なんだか、いろいろ、不調です…

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2008年7月 8日 (火)

シャンパンと自己嫌悪

今日は自宅にてお仕事。
晩御飯は母がご馳走してくれるという。
お言葉に甘えてお邪魔すると、今日は新しい料理にチャレンジするらしい。
鱈とトマトとズッキーニとあさりを白ワインとガーリックでなんたらしてパセリをなんたらしてバターをなんたらするらしい。
で、白ワインがないからなんか持参せよ、とのこと。

手ごろなちょうどいい白が見当たらず、冷蔵庫にあったシャンパンのうち安そうなやつをピックアップ。
ポムメリー・キュベ・ルイーズ。
クリスマス定番のノンアルコール・シャンパン風ジュースのシャンメリーみたいな名前だったので、これでいいや、と母上に献呈。

4分の1ほど料理に使って、残りを飲んでいたら、これが案外うまい!
しまった!この味では結構グレードの高い発泡ワインだったりして・・・
あまり詳しくない僕はしげしげとボトルを見てもわからない。
”メルシャン”と見ただけでやっぱり安そうに感じる。
でも、本当に美味しい。

で、インターネットで見てみたらそこそこいい値段。
ピノノワールとシャルドネ?
いくらワインに疎くてもそれぐらいは知ってる。
そうでしたか、と、素性のはっきりしたところで続きを飲むと、なるほどしっくりきますね。
赤を勉強中の僕ですが、白もまた奥深い…

で、程よく酔っ払ったところでここ数日の自分の反省がたっぷりと思い出されました。
酔った勢いでつらつらと反芻。

土、日のリハーサルは精一杯準備をして臨み、時間の使い方も検討し、本番までの流れも意識したかなり本気前回のリハでした。
人それぞれ好みもあり、評価はまちまちでしょうが、問題点も心配な部分もきっちり浮き彫りになった練習でした。

しかし、練習中に潤滑油のつもりでしゃべる与太話がいまいち・・・
う~ん、考えてしゃべっても見透かされちゃうし、アドリブでも滑る。
つまり、自分の中の材料を、常に沢山、常に入れ替えながら新しいものを、ストックしなければいけません。
お医者さんや棋士とも似た商売ですね、指揮者は。
その上でみんなを楽しませて、更に効果も出さなければいけない。
どちらかだけに専念できたら、どんなに楽で、どんなにつまらないでしょう。

で、さらにそのあとのミュージカルの稽古。
前半から後半にかけての歌付き踊り付きのほぼ流れ通りの稽古。
問題を感じる部分が10%
感動で目頭が熱くなる部分が90%

ちょっと甘いかな?
いや、でもこれが偽らざる感想。
自分の書いた音符が、“音”になる感動。
みんなの情熱が形になる感動。
そして、自分の書いたものへの愛情。

しかし、ついそのあとのコメントで言ってしまった。
「いい曲だね!」と。
冗談半分でネタのように言ってるうちは良かったんだけど、この日のタイミングはいまいち。
ああ、もう言えないなぁ、自分の口からは。

「口は災いのもと」、「好事魔多し」をイヤというほど体験してきました。
でもまあ、これも流れの一部なのですよね、きっと。

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2008年7月 5日 (土)

maj7

よく使う和音。
好きなんだなぁ…
原点はどこにあるかというと、やっぱりシャンソン、ラヴェル、ドビュッシーなわけで。

その理由は僕の生い立ちにも遡るわけで。

でも、一番の先生はユーミン=松任谷由実。
ポピュラーコードのほとんどは彼女に習いました。
松任谷由実の古いアルバムを聴いていると、たくさんの原点に再会するわけで…

高校生の頃、大好きだった女の子がユーミン好きで、全然興味なかったのに話を合わせるために聴きまくって、結果大好きになっちゃった。
邦楽も洋楽もJAZZも聴きまくった、それこそレコードが擦り切れるくらい。
交響詩「海」なんてほんとに擦り切れて溝が浅くなっちゃった。

でも、maj7の先生は、青春のユーミンです。

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2008年7月 3日 (木)

「銀河鉄道の夜」情報②

なかなか紹介できずにいますが、少しずつでも情報を。

本番は、
《ベガ公演》 
2008年8月14日(木)~24日(日) シアター代官山
と、
《アルタイル公演》
2008年10月30日(木)~11月3日(月祝) あうるすぽっと
11月5日(水)・6日(木) 吹田メイシアター
11月9日(日) 関内ホール
です。

演出:中島透 作・編曲:西村友 
詳しくは劇団ひまわりのホームページで
http://www.himawari.net/index.html

チケットをご希望の方、連絡ください。
とっておきます。

全然情報になってませんね

「M3.mp3」をダウンロード(ケンタウルス祭の音楽)

「M7.mp3」をダウンロード (ジョバンニのモノローグ)

「M24.mp3」をダウンロード (バルドラのサソリ)

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バリスタ、その後

総合的には、やっちまった感じです。

見た目は可愛い。
デザインには満足。

味?
う~ん、、、まあ普通。
ただ、1杯50~100円。
コストパフォーマンス悪い…

冷水用のハンドルがあり、当初は冷水も出せる開発コンセプトだったらしいが、その後廃止。
ハンドルのみ残っていてただの水が出ます。
抽出する際の量はすべて目分量。
ちゃんと量ればいいのかもしれないけど、いつもなんだかしっくりこない味になっちゃう。

そもそも必要でもないしそれほど欲しかったわけでもない。
なのになんで買ったかって?
だから、「やっちまった」ってことなのですよ。

たいていの僕の衝動買いは、「喜んで使ってすぐ飽きる」のが定番。
飽きる前に失敗を認めるのは、本当に久し振り。

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2008年7月 1日 (火)

さくらんぼ

こんな美味しいさくらんぼ初めて食べた。

さとう錦。

びっくりした!

砂糖でも注射してあるのかと思ったよ。

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バリスタ

3d2077fa バリスタ=バール(Bar)で働く人。
だったと思うのだが、最近ではコーヒーのソムリエみたいな人をこう呼ぶらしい。

数年前入った喫茶店で「よろしかったら、お客さまにぴったりのコーヒーをお出ししたいと思うのですが、選ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」と言われたことがある。
ちょっと戸惑ったが、お願いしてみた。
いくつかの世間話(のような設問?)のあと、出てきたコーヒーはカフェラテだった。

そのころエスプッソに凝っていて、エスプレッソマシーンまで買ったりしていた。
その日も、ちょっと空いた時間に楽譜でも読もうかと飛び込んだこの店で、エスプレッソを飲もうと思っていたのだ。

本当にエスプレッソが飲みたかったのかどうか記憶に残ってはいないが、出てきたカフェラテは少々意外だった。
バリスタさんと話した時にも、今の積極果敢な自分の心情を熱く語ったり、好きなコーヒーの種類なんかもいろいろ話していたので、さぞかし薫り高いストレートコーヒーが出てくると思っていたのだ。

世界のおいしいコーヒーや珍しいコーヒーを紹介するのももちろん楽しいのだが、一番私がしたいのはその人の今の心に滲み込むコーヒーを最高の状態で淹れたいのだ、とその女性は言った。
今のあなたにはこれがぴったりだと感じた、と。

一口飲んで、なるほど、ただのカフェラテではない。
最高の相性で選んだコーヒーを最高の状態で淹れてあり、ちょっと工夫のある風味付けもしてある。(と、思えた)
その時の僕は、上昇志向強く自分の叱咤激励しながらもちょっと疲れていたのかもしれない。
楽譜を閉じて、もう一口飲んだらいろんなものが目に入ってきた。
味も、香りも、なんだか色を増した気がして。
長くはかったがこの素敵な時間は、金額の何倍もの価値あるものだった。
バリスタってすごいなぁ…としみじみ感じられたお店だった。

セブンイレブンのレジカウンターの「家庭のバリスタ!」という謳い文句を見て、買わずにはいられなかった。
家にはコーヒーメーカーもエスプレッソマシンもある。
つまり、バリスタのお話は言い訳である…(実話だけどね)

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