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2009年3月12日 (木)

楽譜を読む、ということ。

音楽は瞬間芸術の一つであり、言うまでもなく演奏との出会いは一期一会。
昔、録音技術のなかった時代は楽譜と記憶が一番大きな音楽の再現方法だった。
人々は新しい音楽を求めて演奏の場に足を運び、また出版社は新たな楽譜を人々に提供した。
それは差し詰め、現代でいうレコード、CD、DVD、ダウンロードデータに当たるのではないだろうか。
ガーシュウィンも新しい楽譜を街頭で音にする仕事をしていた時もある。

というわけで演奏の音や映像に、現代ではいくらでも何度でも会うことができる。
でも、新しい音楽、未知の音楽との出合いは昔も今も変わらない。
そして、「作品自体」も永遠だ。
録音した音や映像が色褪せても(いろんな意味で)、楽譜からはいつでも新しい風が吹いてくる。

作曲者が心血を注いだ作品には命が宿っている。
少しでも深くそれを読み取りたくて、今日も僕は楽譜を開く。
不思議と、自分の描いた作品でも、読むときは完全に客観的になる。

それが描写的な音楽でも、現代的手法の抽象的な音楽でも、シンプルでポピュラーな音楽でも作曲者の意図が、あふれ出る想いが綴られていれば読んでいて楽しいしどんどん読める。
それがどんなに難解な音楽でも興味が失せることはない。
でも、時々出会う。
読むのが辛くなるような音楽に。

そのような音楽がやけに多いジャンルも悲しいことに存在する。

どうか世の才能あふれる作曲家のみなさん。
良い曲をいっぱいいっぱい創ってください。
僕らも真摯に必死に、記号を音に、そして音を音楽に再変換する努力を続けます。

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