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2009年5月14日 (木)

心の中に棲む

先輩であり、友人であり、ライバルであった指揮者が亡くなった。
その人が振るはずだった演奏会が演奏会が先日終了し、その映像を見た。

葬式に参列し、最後のお別れをした時、どれだけ悔やまれ、そして自分を顧みたか知れない。
僕はその思いを、発信したいと思うし、見つめなければならない、とも思う。
羨ましくその背中を見ていた後輩として、もっと話したいことがいっぱいあったのに。

その人の指揮で演奏したことはそれほど多くはない。
しかし、その指揮を、そのリハーサルを見ることはその数倍たくさん、また、積極的に自分からその機会を作った。
学んだことをここでは語るまい。
それに、本質を語れるとも思えない。

初春の演奏会で、少しでも自分も参加したい、と思い指揮をさせてほしいと申し出た。
しかし、適わなかった。
残念だが先方のオーケストラの意向もある。
僕が奏者として所属していたのは何せ20年も昔のことだ。

追悼の式典の指揮もできず、参加は遠慮させていただいた。
葬儀に参列させていただいたこともあり、気を遣わせても悪いと思ったのもある。

演奏会の指揮をほんの少しでもさせてほしい、とは、とうとう申し出なかった…
だが、演奏会の映像を見て、無理を言ってでも指揮をさせてほしかった…と悔やんでいる。
誰が何と言おうと、指揮者同士でしか分からない対話がある。
僕とその人とが交わした対話は、僕には僕の棒でしか語れない。
あの日あの人が発した問い、また、僕が発した問いへの答え。
それに応える指揮を、僕はすべきだった…

しかし、それは僕個人のエゴでしかない。
僕の気持ちをみんなに理解してもらうのも難しいだろう。
そんな思いがどれだけもどかしかったか、映像を見て骨身に染みた。

「ゆうちゃんはほんとにすごい指揮者だと思うけど、負けたとは思わないよ」

酔って、笑った言われたその言葉に上手に返すことができなかったけれど、
僕はあなたに負けずに頑張ったけれど、
いろんなことに手が届いていなかったことを、
今更ながらに知るのです。

書き込みだらけで真っ黒になったギャロップのスコアを思い出すたび、あの指揮ぶりを思い出すたび、僕の心に棲む何かが少し動きます。
もう一度会うのは無理な願いのようだけれど、なんだか会えるような気がするのも確信に近い感覚です。

あの話の続きをしましょう。

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