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2009年6月12日 (金)

無題

ある有名指揮者が言いました。
「本当に自分が満足できる演奏会は年に1回か2回がいいところ。あとは全部不満が残る」、と。
続けてこうも言いました。
「だめな演奏会は途中でわかる。ああ、今日はだめだ、と。その後その日はもうどう足掻いてもダメ」

そのくらい素晴らしい演奏もある、その時は本当に満ち足りた気分になる。
と言いたかったのかも知れません。
でも、僕はそうは思わない。
そう思いたくない。

それぞれの演奏会が、精一杯の準備の上に成り立っていると信じている。
そりゃあ絶対的な完成度にははっきり違いがあります。
演奏技術もあるし、本番ならではのミスもあります。
人によっては、気分が乗りきらない人もいるでしょう。
他の事に気を取られて集中できない人もいるでしょう。

でもね、やっぱり一度きりの演奏。
理想論だとわかっていても、それでも出来るだけ全員が本気でその瞬間を目指してほしい。
その為にできることは何でもします。
本音です。

だから途中でどんな事件があっても足掻きます。
諦めません。
そうやってカッコ悪いくらいに喰らいついてしがみついて演奏して、気が付いたら演奏会が終わっていて、なんてこともあります。
結果、とてもいい演奏に持ち直すこともあるし、やっぱり完成度の低い演奏のまま終わることもあります。

でも、だからこそ、毎回満足したいんです。
やるだけやったと、精一杯音楽と向き合った、と皆さんにも感じてもらいたい。
理想論だ!と言われようが、プロと一緒の時だって何百回もやるミュージカルだってそれは変わりません。

だから、反省点や改善点、至らない部分もきちんと受け入れたうえで、演奏の結果には
毎回満足するようにしています。
それだけの思い入れを毎回持てないならば、プロとして指揮を振っちゃぁいけない、と思っています。
要領の良くない自分としては、いつもそう思っていないと甘えちゃうから。

残念ながら自分に満足したことは一度もありません。
いつも本番後の楽屋では「演奏に満足した自分」「音楽の素晴らしさ、楽しさで感動している自分」と、「今日の自分の行動、言動、指揮、その他…を思い返すと、死にたいぐらい恥ずかしくなる自分」が一緒にいて、なんだか混沌としています。

程よい疲労感と充足感に包まれて、美味しいお酒を飲む。
なんてなれるといいのですが、毎回一人反省会です。
涙が出るくらい悔しいこともあります。

でも、でも、そう言ったことも全部ひっくるめた上で「今日の演奏会は僕にとっても代表作です」と毎回言えるようにしなきゃいけない。
「今日はいまいちでしたね」なんて、少なくとも指揮者が言っちゃぁいけない。

ああ、支離滅裂で…ここまで読んでくれた方、ありがとう。
つまりは、
「言い訳できないように全力で演奏し、結果は堂々と受け止めるべきだ」
と言いたいだけなんです。

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