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2009年10月 7日 (水)

北富士忍草

昨日はお世話になった方の通夜に出席するために富士吉田に行ってきた。
子供のころよく遊んでもらった、というか、いじってもらった。
大きくなってからお会いしても、気さくに子供のころのように接してれるおばちゃんだった。

肝っ玉母ちゃんというか、とにかく親分肌で面倒見がよく、気風(きっぷ)がよすぎて子供のころにはちょっと怖いくらいだった。
東京にも時々講演で来ていたが、会うときは大抵モンペに菅笠で、遠くからでもでっかい声で人懐っこく呼んでくれる。
でも、やっぱりおばちゃんは死ぬまで闘士だった。

北富士には長い闘争の歴史がある。
戦後の駐留軍との生きる権利をめぐる闘争から戦いを受け継いで、入会権などを勝ち取ったのは女性たち、このおばちゃんたちだった。
すさまじい権力や自衛隊の妨害や暴力にも耐え抜き、ただただ家族と平和に暮らせる故郷を取り返そうとしたおばちゃんたちには本当に感服する。

リーダーのおばちゃんの死によってこの戦いがどこに向かうのかは分からない。

だが、「人助けの練習」ではなく「人殺しの練習」が今も北富士で続いている。

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