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2009年12月

2009年12月31日 (木)

旅のアルバム

ピアノを習ったことはなかった。
音大に入るのに必要だ、と聴いて1曲だけ用意した。
とは言っても子供向けのソナタが精いっぱい。

大学に入ってたくさんの曲を知った。
管弦楽曲、吹奏楽、室内楽、オペラ、器楽曲…etc.
中でも室内楽や器楽曲は音源ではなかなか聴くことのできない、珠玉のような小曲に幾つも出会った。

音楽との出合いは人との出会いと同じだ。
時には離れ、忘れてしまうときもある。
でも、本当は一つも忘れたくない。
離れたくない。

会えなくなった人たちにまるで執着するかのように、僕はまたいつかあのころのような付き合いができると願ってやまない。
そして新しい出会いも楽しみでならない。
矛盾はしないと思う。
僕の中では。

大学の時に偶然一つの中古楽譜を手にした。
"ALBUM DE VIAJE" ... J.Turina

スペインのホアキン・トゥリーナの作品。
この作家の曲は1曲だけ「幻想舞曲集」というオケ曲を知っていた。
高揚~夢~饗宴の3曲からなる交響詩のような描写的な音楽。
なぜか強く惹かれてスコアを注文したら「レートの変動が激しくお値段がはっきりしません。船便でも5~6千円かと思います」とのこと。
高校生の僕には結構きつい出費だったのだが…
届いたという連絡を受け楽器屋に行くと値段はなんと900円!
理由は分からないが…
ボロボロの粗末な紙に印刷され、ミスプリも多い。
でも、何とも言えない興奮を覚えたのを覚えている。

そのトゥリーナのピアノ曲。
題名の意味も分からず、なんとなく購入した。
音源も見つからず作曲の経緯も分からない。
でも、弾けないながらも何とか自分で音にしてみて、拙いからこそ1音1音をじっくり聴くことができた。
題名の意味は「旅のアルバム」だった。
実はこの作曲家の代表作の一つで、ピアニストには結構知られている作品だったのだが…

まだ踏みも見ない土地の事を想像しながらたどたどしく弾いたのは20年以上も前。
それからも時々、懐かしい友人に会うように、引っ張り出しては弾いていた。
本当に、まったく、恥ずかしいぐらいに弾けなかった僕もこの20年で少しずつ進歩していたようで。
数年おきに弾くたびに、自分の技術の進歩と音楽の変化をこの曲の中に見出してきた。

2009年の暮れにも弾いた。
ああ、僕もここまで来たんだ。
昔の自分が遠く霞んでいる。
あのころと違った風景がピアノから湧きあがってくる。

音楽も人生も旅だ。
まだまだ全然思ったように弾けないけれど、いつか弾いたときに僕はまた違う景色を見るだろう。
今とは違うけれど、どこか懐かしい風景を。

そうやってずっと一緒に旅をする。
いろんな曲と、
いろんな人と。

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年の瀬

今年の年の瀬は自宅で迎えることになりそう。
ギリギリまで演奏旅行もあったので準備万端!というわけにいかず、今日も掃除やらヤボ用やら…

ああ、今年もいろんなことがありました。
全力でやれたでしょうか?
本気でやれたでしょうか?

手を抜いたことも気を抜いたこともありません!
でも、悔いの残る演奏もありました。
演奏に悔いがあるのではなく、悔しいのは自分に「もう少しできたんじゃないか」と言う余地があったこと。
人から馬鹿にされてもどんな小さなことにも本気で行きましょう、来年も。

今年もたくさん音楽と関われたことに心から感謝します。
来年もたくさんの音楽と出合えるでしょうか?

貪欲になりきれない僕ですが、来年はもっともっと自分を磨きたい、と思います。
来年もよろしくお願いします!

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2009年12月25日 (金)

北紀行

今年の締めは青森でのミニコンサート。
リハーサルも短く規模も小さいけれど、だからこそ精一杯の演奏をしなければなりません。
その為にできることは一生懸命やりたい。
限られた条件でどこまで真価が発揮できるか、きっとプレイヤーのみんなが思っている以上に僕は重く考えています。

というわけで明日から800kmほど北に行きます。
せっかくスタッドレス買ったのに新幹線で。
駅弁、何食べようかなぁ…
(新潟の駅弁食べたい!!!)

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2009年12月23日 (水)

年賀状

最近はメールの年賀も増えてきましたね。
僕はもともと極度の筆不精の為、年賀状はあまり出したことが無かったのです。

一度だけ、小学生3年生の時思い立って大量に書きました。
それ以降実に20年以上もほとんど書いていなかったのです。

でも、もらうとうれしいですよね、年賀状。
そこで少しでも書こう、とここ数年は頑張って書いています。

なぜ筆不精か、と言うとひとえに自分の字の拙さ。
しかし最近はコンピューターとプリンターが助けてくれますから、楽になりました。

そうは言っても、少しでも手書の部分を入れたいのですが、ご無沙汰の方にはついつい同じような文章になってしまいます。
今年に至っては、そのわずかに入れる手書さえ出来そうもない様子…

その時々で気になっている曲、好きな曲、作った曲等をほんのちょっと忍ばせるのが恒例なのですが、今年はかなり印刷したところで発見…
「あ、お、音が違う!」

ある曲のある音が、本来「ラ」であるべきところが「ド」になっています。
いまさら直せないので数十枚がおかしな曲になっています…
音楽家として恥ずかし~い葉書が届くかもしれません。

p.s.「年賀状来ないよ~?」という方、住所を失念しているかもしれません…年賀状くださいね!

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2009年12月19日 (土)

プリンpart2

Swp03_01 プリンの話、続きます。

子供の頃の憧れのデザートの一つ「プッチンプリン」
ご存じグリコの大ヒット作。
実に1970年の発売から40年近くも続いているロングヒット商品です。

子供の頃、買い食い禁止の我が家では「プッチンプリンが食べたい!」というと、「もっと美味しいの作ってあげるから!」と牛乳と卵とバニラエッセンスと砂糖だけで作った、手作りの本物をこさえてくれました。
今思うと、贅沢で幸せなことなのですが、そこは子供。
あの、プラスチックの器に入った、テレビでやってる、プチっと裏面の爪を折ると、ぷる~んと出てくるヤツが食べたかったのです。

あの独特の舌触りと味、あれはプリンとは似て非なる別のデザートですよね。
そして、あの味が忘れられなくって時々食べちゃうんです。
これ以上柔らかいとお皿の上に落とした時形を保てない。
かといって形を優先するととろける食感が失われる…
そのぎりぎりを見極めるのに当時の開発担当者は大変な苦労をしたそうです。

そのあたりのこだわり、歴史、はこちらで見られます。
http://pucchin.jp/top.html

最近、プッチンプリンの新作「イチゴ味」が出たという情報を取得したので試食ししょく?というわけで食べてみました。
まあ、美味しいですが、やっぱり食べるならオリジナル。
あの味はやっぱりあのままがいいなぁ、と多少ノスタルジックに思うわけで…

ところで、ホームページを見ていたら「1kg超の巨大プッチンプリン(キット)」なるものが売られていました。
それも本家本元グリコ乳業から。
会社をあげてそんなマニアックなプロジェクトを商売にしちゃうあたり、この商品への愛とプライドを感じてなんだか嬉しくなっちゃいました。

というわけで来年1月3日に制作してみます。
乞うご期待!
食べたい方は当日どうぞ。

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寝坊、或いは今日の衝動買い

寝坊した…
待ち合わせに遅刻した…
仕事には遅れてないですよ、念のため。

昨日も夜までいろいろ仕事。
深夜になって地震多発。
朝方には結構大きいのが。
それもあって、何だか寝付けず片づけやらも始めちゃって。

気が付くと、寒い!
外の温度は零下1度!
リビングはエアコンしか暖房器具がなく、能力的には大丈夫だけど、圧倒的な温かさが欲しい!
というわけで今季初の石油ヒーター登場。

あ、石油がない…
ポンプもない…
タンクもない…
で、しょうがないので深夜のドンキホーテに出動。

不思議な場所。
深夜2時過ぎなのに親子連れがいる…
ついついいろいろ購入。
あ、お米安い!
お、お酒安い!
乾電池も買おう。
ポンプにタンクに、石油…はGSか。
水のいらない洗車セット、トランクの荷物固定ワイヤー、ミニ掃除機、…買っちゃえ!
!R2-D2のUSBハブ発見、購入。
あ、観てないDVD発見、購入。
寝室にテレビ欲しかったんだ…う~ん良いのが無いので断念。
のだめ効果か「指揮者のコスプレ」だって!買おうかな…気が付くとエッチなコーナーの真横!、で退散。
ん、これが噂のFFXIIIかぁ、購入。
?「秘境駅」写真集?、購入。
DVDダム放流2!購入。
!!!トブラローネ!ヘインズ!ハーシーズ!購入!

…どう考えてももう持てない…
ここで支払いをして、GSで灯油も購入して帰宅。
ヒーターも無事稼働して、さあ、続きの仕事にかかろうかな、と思ったら思わぬ落とし穴。

「FFXIII」・・・!?
とりあえずオープニングだけでも見るでしょ、人間としては。

お、お、お、美しい!
しかし、今の俺にいつこいつをやる時間があるのだ…
ああ…
などと思いつつ、気付けば「めざにゅー」も終わり「めざまし」スタート。
このあたりで力尽き、次に目覚めたのはお昼でした…

たぶん相当の期間、再びPS3の電源が入ることはないでしょう…

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2009年12月18日 (金)

プリン

「譜読み」と称して「リハーサルのリハーサル」をするのが指揮者の仕事の一部。
ピアノで演奏してみたり、歌って音を確認したり、実際に振ってみたり。
人それぞれスタイルは違うだろうが、指揮者と言われる人は全員例外なくやっている。
要は楽譜の研究である。

もちろん家でやるのが普通なのだろうが、実は僕の場合は効率が良くない。
つい、楽しちゃったり別の事に気を取られちゃったりしてなかなか集中できない。
そこで、外に出る。
やっぱり人の目(別に誰も見ちゃぁいないだろうが…)があると逃げ場がない。
どんなにうるさくっても、他の音楽が流れていても平気。
集中して没頭できる。

僕の最近のお気に入りはレストラン。
それもイタリア系の料理がおいしいところがいい。
午前中から、或いはお昼時から次の予定まで。
長い時では4時間以上もいたりするので、連日同じところに通う勇気はない。

軽く前菜を頼み、スープを飲み、パスタを一品。
譜面を読んだり頭の中で音を鳴らしたりしながらゆっくり食べる。
ワイン飲むわけにもいかないのでガス入りの水(ペリエとかペルグリとか)をがぶ飲みしつつ。
で、頭も目も疲れたころに欲しくなるのが甘いもの。

今とってもはまっているのが「プリン」
「なめらか…」とか「豆乳…」とか「甘さ控えめ…」とかの枕詞はいらないから、兎に角昔ながらの奴がいい。
最近は気取って小振りのがあったりするけれど、チビチビ食べなきゃいけないからケチくさくって駄目。
少々粗忽に見えてもいいから、「どで~ん」と皿に乗って。
まあ添えてある生クリームぐらいのお洒落は許そう。
カラメルがたっぷりあるとなおいい。
プリン本体にカラメルの色がちょっぴり移ってて、そこがまた香ばしくて。
コーヒーでもいいけれど、やっぱり紅茶がいいなぁ。

疲れた脳みそに糖分のご褒美をやって、また妄想オーケストラの中に沈んでいくのです。

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2009年12月17日 (木)

one more ... 或いは覚書

ドも、レも、

四分音符も、八分音符も、

フォルテも、ピアノも、

アレグロも、アンダンテも、

これまで何百個も演奏してきて、これから何百個も演奏するんだろうけれど、

同じものは一つもないから。
全てが最初で最後の音だから。

できるだけ大切に演奏しよう。
できるだけ大切に感じよう。

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夜のガスパール

ラヴェルのピアノ全集の楽譜を購入した。
組曲「鏡」の中の「道化師の朝の歌」を弾いてみたかったから。
そう言えばラヴェルのピアノ曲は「亡き王女のためのパヴァーヌ」しか持っていなかった。

野球部だった僕が音楽に目覚めていったのは音楽好きだった両親の影響。
家にあるレコードを繰り返し聴いた。
そのうちにラジオを聴き、自分でもレコードやスコアを買うようになった。
初めて買ったスコアはワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とドビュッシーの「交響詩『海』」

ひょんなことで音楽を志し、音楽大学を目指した僕が試験科目のピアノを習い始めたのは高校三年生の秋。
一緒にアルバイトをしていた音楽大学のピアノ科の学生に押し掛けレッスンを頼んだ。
ピアノだけでなくソルフェージュも聴音も楽典も指導を頼んだのだからずうずうしいとしか言いようがない。
暮れも押し迫ったころにあまりの僕の出来の悪さに泣かれてしまったのを思い出す。
「無理よ!どうしたらいいの!」って。
本当に泣きたいのは僕だったんだけど。

たった半年で何とか音大に入ろうというのだから、週に何度もレッスンに通って詰め込んだ。
すると自然に、戦友のような連帯意識も生まれた。
高校生男子が、ほとんど年齢も違わないその女性に仄かな恋心を抱くのは致し方ないこと。
その彼女が休憩中に弾いてくれたのが、ドビュッシーの「ピアノの為に…」

一曲目の新鮮で強烈な和音とそのピアニズム。
二曲目の素朴で、しかし神秘的にさえ聴こえるサラバンド。
三曲目の、およそ一生かかっても自分には弾けないと思えるトッカータ。

一遍で虜になって、レコードも聴き、自分でも挑戦した。
そしてドビュッシーの楽譜と音源を貪るように探し、どっぷりとこの作曲家にはまってしまった。
レッスンの度に、僕はドビュッシーの曲を弾いてくれるように彼女に頼んだ。

彼女は他にもフランスの作品を弾いてくれた。
題名の分からない何曲か。

実はラヴェルのピアノ曲は弾いたことも聴いたこともほとんどなかった。
ドビュッシーに傾倒しておきながらラヴェルにそれほどはまらなかったのは、二人の関係からしてある意味不思議で、ある意味納得…
それでもラヴェルの管弦楽曲は聴きまくっていたわけだから、ラヴェル自体は好きなのだ。

今回楽譜を手に入れて、とにかく片っ端から弾いてみた。
「水の戯れ」「海原の小舟」「古風なメヌエット」…「夜のガスパール」

…「夜のガスパール」
そう、紅茶を飲みほす間だけのちいさなコンサートで、彼女の弾いてくれた曲はこの曲だった。
遥か昔の出来事が朧に想い出される。
そうか、この曲だったんだ…

ドビュッシー「ピアノの為に…」も弾いてみる。
うん、はっきり想い出す。
僕はこの曲が大好きだった。
新鮮な感動と、その先に広がる音楽の大海原を感じた。

仕事として音楽と接しながら、
絶対に忘れちゃあいけないよなぁ、
あの感動と喜び…

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2009年12月15日 (火)

今年も…

年末に向けてラストスパート。

昨日の演奏会は思っていたよりも(失礼!)とってもいい出来でした。
しかし、僕のほうがちょっと悔いの残る部分が数点…
う~ん、二度とこんな思いはするまいぞ。

いろいろな課題や失敗も、進歩への足がかりという希望に変えましょう。
運営的な問題点も含めて。

僕は、もっともっと魅力あふれる音楽で演奏者と聴衆を楽しませたい。
苦しく、必要な練習を、楽しく有意義に重ねて。
何年たっても色褪せず、新たな輝きを持ち続けられるように。

詩人の口から流れ出る言の葉のように、指揮棒の先から音楽が溢れ出ればいいのに。
想いがもっと的確に、みんなに伝わればいいのに。
その為に、来年はある挑戦をします。
大したことじゃないんだけど。

ところで、今日はふたご座流星群の極大日。
星に願いを…というわけで深夜に空を眺めていたら、ほぼ真上から四方に数個の流れ星が。
わぁっと気持ちが湧きあがって、願い事をいくつか思い浮かべた瞬間、目の前にふわふわと白いものが。

たぶん、雪です。
だって手のひらで消えてなくなったから。
でも、星が出てる。
風の流れが見えるぐらい舞った、と思ったらすぐ、まったく見えなくなりました。
雪だったのかな?本当に。

今年もたくさん音楽できました。
来年はもっともっと音楽したい。
指揮したい。

白いものが雪じゃなかったとしても、なんだか願い事の答えをもらったようで。
少し勇気が出ましたよ。

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2009年12月12日 (土)

イセッタ遭遇?

ああイセッタに会いたい…
イセッタに乗りたい…
イセッタが欲しい…

と、イセッタのことばかり考えている昨今。
今日都内某所で、それらしき1台を発見!!
…したように思うのですが…

冷たい雨が結構強く降っているうえに工事中でゆっくり見れたわけではないので、確信はないのですが…
多分ツートンカラー。
道路の照明の逆光で色ははっきり分からないのですが、青と白?!

もしそうだとしたら、もしや、あの、あこがれの、ドラちゃんイセッタ~
http://isetta1957.blog112.fc2.com/

と思ったのですが、ブログを読む限り違ったようです…
雨だし…

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2009年12月10日 (木)

FINALE

Finale_index_img いつも使っている楽譜ソフト「FINALE」
早くも2010年版がリリースされました。

別に毎年バージョンアップしなくてもいいんだけど、まあしたほうが落ち着くというかなんというか。
ただ、今年は随分早いバージョンアップ。

新しい版が出ると、やっぱり少なからず不具合があります。
どんなに検証を重ねてリリースされてもやはり予期せぬエラーは起きるものですから。
使う側としてもそれは十分承知している、というか想定内。
でも、1年たってやっと落ち着いて来た頃に次のバージョンが出る、というのが本当は気に食わない。
それだけ発展途上で、未完成なソフトと言う事なんでしょう。
でも、そろそろ落ち着いて使いこめるソフトになってほしいものです。

いつも年明けになされるバージョンアップが早まって11月に発表される、という事は大きな変更があったのかそれとも経営上ピンチで、ヒット商品で早く収入をあげたいのか…
なんだか後者のような気がして…

まあ、兎に角、FINALE2010が届いたのでインストールすることにいたしましょう。

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2009年12月 9日 (水)

締め出し、その後

鍵は結局故障だったようです。
完全に初期化されていたようです。

担当者が言うには、「そう簡単に素人が初期化できるものではない」、のだそうです。
また、こうも言い放ちました。
「気持ち悪いですね~」
って、おい!

気持ち悪いじゃ済まないでしょ!
こっちは高い金出して安心を買ってるんだから。
これで泥棒が入ってたらどうするつもり?

無責任な人ごとの対応につい声を荒げて怒ってしまいました。
「上司に連絡して見ます」
で、待つこと数分。
「原因は分かりませんが、初めてのケースですので持ち帰って原因を調べてみます」
まあ、そりゃそうだ。
「ただ、保証期間を過ぎておりますので、お客様の負担で新品をご購入いただきます」

冗談じゃない!
こっちに落ち度は何にもないんだ。
それも、何十年も住んだ家の鍵が壊れたのと訳が違う。
たった2年でこんな壊れ方をされたんでは安心してセキュリティを任せられないではないか!
今度はさすがに本気で怒り心頭。

そりゃあいつかは物は壊れるでしょうよ。
でも、最低限必要な耐久性ってものがあるでしょう!
例えば自動車のブレーキが突然壊れて、止まれなくって大事故になって、「保証期間の一年が過ぎてますから当社は関知いたしません」ってなる?
いくら自動車の保証期間が過ぎてたってこんな重大なエラーは完全に責任問題です。

というわけで、もちろんタダで付け直させましたが、お詫びの一つもあってもよさそうなものです。
まったく~

といいつつ、便利だから今でも使ってるんです。

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締め出し

小学校に通っていたころ、僕ら兄弟は所謂「鍵っ子」
当時は「家に誰か必ず居る」のが普通で「誰も家にいない所に子供が帰宅する」と言うのはむしろイレギュラーだったのです。
だから子供たちがそれぞれ鍵を持ってる、ちょっと寂しい家庭の子を「鍵っ子」などと揶揄する言葉が生まれたのでしょう。

僕はとっても忘れ物の多い子供。
しょっちゅう鍵を忘れて家を出て、家に入れず困ったものです。
あの寂しさとやるせなさ。
自分を呪いつつ家族の帰宅を待つのです。
徐々におしっこタンクの限界が近づくのを感じながら…

さて、今の我が家の鍵は「指紋認証式」
指を押し付けると扉が開くのです。
怪我しても基本的には平気です。
静脈の形で判断しているらしいので。

これは便利。
鍵から解放されるとこんなにも気が楽だとは!

ところが先日、一旦家を出てガレージの車に荷物を積み、残りの荷物を取ろうと家に入ろうとしたら、
??
鍵が開きません。
エラーになるのではなく、まったく受け付けないのです。
反応はするので電気は来ているようです。
緊急用の暗証番号を入力しても開きません。
しばらくいろいろ試しましたがうんともすんとも…
なんだか初期化されたかのような動きで。

どこかに開いている窓はないか…と物色しましたが、我が家の住人は案外しっかりしているようで、まったく、どこにもその気配はなし。
屋上もベランダも、むしろいつも厳重に戸締りをしています。
途方に暮れてセキュリティ会社に連絡しました。

担当者が来るまでの待ち時間、なんだか懐かしい心持ち…
そう、小学校の頃の鍵っ子の思い出。
いまさらそんな思いを経験するとは…

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2009年12月 8日 (火)

BMWイセッタ300

ヤバい。

正直、ヤバい。

このままではいつかきっと買ってしまう…

BMWイセッタ300と言うクルマ。
こいつに今ベタ惚れなのです。
25年以上前の「こち亀」で旧車として登場してるぐらいだから今ではもうレア過ぎる旧車。
50年以上昔の車です。
でも、まだまだファンが大切に乗ってらっしゃるようで。

写真を紹介できないのが残念ですが、とにかく可愛い。
ぱっと見、どこにもドアはありません。
??…と初めて見た人はだれでも思うはず。
ガバッと全面が開いて人が乗り込むんです。

斬新かつ合理的、で、可愛い!
エコな時代にもマッチする小型で低燃費!(250ccとか300ccが原型ですから…
欲しい!!

むか~し、やはり旧車のフィアット・チンクエチェントに惚れ込んでいたこともありました。
当時の彼女が乗っていたのこともあり、大好きな車でした。
ルパン三世「カリオストロの城」でルパンたちの乗ってるクルマです。
いつかもう一度乗りたい!と思っている車ですが、イセッタもいつか必ず手に入れるぞ~

業界では有名人の「のりたまこ」さんの愛車のカラーリング(白と空色と)が特にいい!
乗りたい~~!

ぜひ「イセッタ」で検索して実物を見てください~!!

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一昨日の小さな出来事

土曜日はお昼から本番。
部分的に司会もしたけれど、しゃべるのは好き。
なかなか楽しい本番でいい感じ

外は冷たい雨。
12月の雨って、ユーミンのヒット曲があるけど、最近は12月でもそんなに寒くないからちょっと残念。
傘をささずに駐車場まで走ろうとしたら一組の親子連れに呼び止められて、
「指揮者さんにどうしてもお礼がしたいんですって」
と、女の子から飴を一つもらいました。

ずっと握っていたんでしょう。
暖かくなっちゃって、ちょっと溶けかけた飴だまははちみつ味で、なんだか涙が出そうになりました。
よかった、すこしでも心に届いて。

本番の後は移動して来週の本番用のリハ。
まだ時間に余裕があるので、ファミレスでトロンボーン奏者のS郎君とともに軽く食事。
彼は集合時間があるので先に退席。
見送りがてらトイレに行って席に戻ると、無いのです。

財布もケイタイもコートも。
店員さんに尋ねても「知りません」、ですと。
困ったな、やられちゃったかな?と思っていたらそこに雨にぬれた店員さんが駆け込んできました。

「、、、追いかけたんだけど、間に合いませんでした…」

つまり、今帰ったお客さんが忘れ物をしたんだと思って追いかけてくれたようです。
もう一人はトイレに行っている、とはつゆ知らず。

というわけで、すべて無事でしたが、ばつが悪くって、
デザートを一品追加しましたとさ。

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2009年12月 6日 (日)

今日の小さな出来事

D1000071 指揮者用のスコアって結構お値段が高いんです。
最近はさすがにきちんと買いますが、昔はよく拡大コピーをしたり、スキャナで読み込んでちょっと厚めの紙に両面印刷したりしました。

写真の左はラフマニノフのシンフォニックダンスのスコア。
スタディスコアも大きめのスコアも購入したのですが、指揮者用のスコアは見難かったので結局ポケットスコアをA3に拡大したものを製本して使用しています。
背を木工用ボンドで固めて、ページはしっかり糊で止めて、ボロボロながらもう15年ほど生き長らえています。
A3のままではちょっと余白も多く使い難かったので、知り合いの印刷屋さんの裁断機を借りて適当にズバズバっと切って不思議な大きさです。

ところで、写真右はカルマス出版のドヴォルザーク交響曲第9番。
2冊重ねてみてびっくり!
まったく同じ大きさ。
5ミリと違わない。
で、厚みも一緒。
3ミリと違わない!!

裁断する時、テキトーに「もうチョイいける…もうチョイ…」と面白がって何度も切ったのを覚えていますから、何かのガイドで大きさを合わせたわけではなくまったくの偶然だと思うのです。
それでここまで合致するとは…!
それも、某オーケストラの次の定期の曲目がこの2曲なのです。

と、まぁ、大した話ではないんだけれど、
僕的にはとっても不思議な、小さな出来事でした。

おしまい

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2009年12月 4日 (金)

交響曲第1番

語ります。

ラフマニノフの交響曲第1番を聴いた。
プレトニョフ指揮のロシアナショナル。
この曲を聴くのは初めてではないが、今回スコアも初めて手に入れてじっくり聴いた。

初々しくて新鮮。
言葉を換えれば、少々粗野で深みに欠ける気がする。
ボロディンの交響曲からの影響も強く感じる。
でも、立派な交響曲だし、ラフマニノフのオリジナルの創造力はかしこに見られ、好き嫌いこそあれ才気溢れる1曲だと思う。

ピアノコンチェルト第1番や歌劇『アレコ』等の成功もあり、未来を約束されたかのように認められていたラフマニノフ。
その彼が自信を持って1895年に作曲し1897年に初演されたのが「交響曲第1番」
初演の評判は惨憺たるものだった。
初演の指揮者グラズノフの問題が大きい、とする逸話も残っているが真偽のほどはわからない。
とにかく様々な酷評を受けラフマニノフはこの曲を破棄してしまう。
その後1947年にパート譜が発見され、そこからスコアが立ち上げられると、今日では演奏の機会を得られる交響曲のレパートリーの一つとなっている。

この初演の悲惨な失敗があった後、ラフマニノフは精神的に追い詰められて作曲ができなくなってしまう。
が、催眠療法を用いたダール博士によって彼の心も解きほぐされて数年後には作曲を再開する。
そして発表したピアノコンチェルト第2番は大成功を収め、彼のもっとも人気のある代表作になった。

作曲家・ピアノソリスト・指揮者として活躍するラフマニノフは1918年以降アメリカに移り住む。
そのまま死ぬまで2度と故郷のロシアには帰れなかった。
そして、客地で書いた最後の大きな作品が「交響的舞曲」作品45(この後も、編曲等小さな作品はある)
これだけ著名な作品が多い作曲家なのに最後の作品ナンバーが45なのに驚かされる。

故郷や自分の人生を想って書いたのは間違いない。
自分の「死」についても意識していたようだし、自身「最後の作品かもしれない」と言う思いもあったようだ。
1楽章ではロシアの大地を想わせる力強いリズムオスティナート、短い周期で歌う美しいメロディに郷愁の念を感じるし、3楽章ではスコアに「ハレルヤ」の文字と「主よ、あなたに感謝します」との辞もある。
自ら最高の作品であると言ってはばからない。

その1楽章の最後、主題の再現が終わった後に突然短いコラールが現れる。
そのコラールこそが交響曲第1番の第1主題。
自分を苦悩の底に引き込んだあの交響曲の!
このコラールの後、メロディとリズムは急に激しさを失い、優しく語りかけるようになる。

この曲が作曲された当時は交響曲第1番の譜面はどこにもないし録音もない。
だから「交響的舞曲」が初演で絶賛されたときにも、後に頻繁に演奏されるようになっても初めは誰も気がつかなかった。
今あらためて交響曲第1番を聴くと、そのメロディの変化に驚く。
40年以上経ってラフマニノフの中でどんな変化があったのだろうか?

自分の未来を信じ、初めての交響曲として全力で作曲した第1番。
その冒頭に現れる第1主題。
どれだけ考え抜いて作り上げたのか。
或る意味全楽章・全曲を通じての太い柱である第1主題。
それをすべて破棄した時の絶望と嘆き。
誰に伝えるでもなく、最後の作品にそれを登場させるラフマニノフの「心」について想うとき、得も言われぬ霊感に触れる。

交響曲の時とは全く違う和音と語法。
何を想って書いたんだろう?
いつか本人に聞いて見たい。

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2009年12月 1日 (火)

或る日の夕暮

D1000068 今日もオケのリハーサル。
夕方車を走らせていると急に横から光線が。

今日は朝からどんよりとした天気で、秋から冬へと移り行く季節を骨身に感じる冷たい雨が降っていました。
作曲をするのも、編曲するのも、指揮をするのも、楽譜を開いて勉強し、理解し吸収するのも、実は自分の中からの「何か」を消費する作業。

実際に指揮を(練習でも本番でも)するためにはじっくり勉強して頭の中に音楽を蓄積しなければなりません。
日々の経験や知識も積み重ねなければなりません。
でも、自分の中で燃焼される「何か」とは、それとはまた違ったエネルギーの源なのです。
その燃料を使ってクリエイティブな化学反応が自分の中で起こるのです。

朝からの雨は小降りになったものの、相変わらず重苦しい空の下車を走らせていて、不意に横から差し込んだ夕日。
全てのものが急に輝きだして、なんだかとっても不思議な世界。
「ああ、こんな景色見たことない」
いや、似たような景色なんていくらでも見たことがあるはず。
でも、そういう風に素直に思えたらなんだか力が湧いてきて。

必要なんです。
「何か」を自分の中に充電したり、ゆっくり探すことが。
焦る気持ちも、辛い気持も、悲しい気持ちもあるけれど、こんな他愛もない夕暮れの景色の中に、そんな気持ちは溶かしてしまおう。

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新世界交響楽

セロ弾きのゴーシュが、自分の所属する金星音楽団の演奏会で弾いたのは第六交響曲。
練習中指揮者にずいぶん苛められたけれど、ちいさな協力者のおかげで成長とともに認められて、最後にはアンコールでたった一人で1曲弾いちゃう。
頑張れば必ず認められる、というような説法くさい話ではなく、なんだかもう少し切なく優しいお話だと、僕は思っています。

「…その粗末な箱みたいなセロをかかえて壁の方へ向いて口をまげてぼろぼろ泪をこぼしましたが…」
というくだりがなぜかとっても心にしみて、読むたびに今でも僕も泪が出るのです。

「第六交響曲」というのはベートーヴェンの「田園交響曲」のことではあるまいか、というのがもっぱらの読み方。
多分そうなんでしょうね。
でもなぜだか、ドヴォルザークの「新世界交響曲」のような気もするのです。

同じ宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の中にははっきり「新世界交響楽」が流れます。
「新世界交響楽だわ」の一言だけだけれど。
1893年に作曲したこの曲が日本で初演されたのは1920年のこと。
日本でもずいぶんヒットしたようであちこちで演奏されたようですから、この初演を賢治が聴いたのかどうか分かりませんが、とにかく賢治はこの曲に大きな感動をしたようです。
銀河鉄道の夜の最初の稿が書かれたのが1924年ですから、かなりタイムリーなネタだったに違いありません。

子供のころから繰り返し聴いたドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」
大好きな曲のひとつでした。
「ボヘミア的な要素」だの「黒人霊歌のイディオムが入っている」だの「アメリカの古い民謡に取材している」だの「故郷にあてた手紙である」だの…と言った情報より前に聴きこんでいたので僕の中ではもっと純粋に、“ドヴォルザークの書きたかったもの”としてインプリンティングされています。

昔から愛用(?)しているスコアは全音の出版。
オイレンブルグのスコアと中身が全く同じです。
古いカルマスのスコアも持っていますが、これもほとんど同じです。
で、最近ドヴォルザークの原稿のフォトコピーをもとに改訂されたスコアが出たようなので買ってみました。

ザーッと読んでいて三楽章、ダ・カーポで繰り返され、そこから先はコーダの譜面。
…のはず…
でも、なんか違う!
「低弦がトレモロでだーっと出る感じは同じなんだけど音が違う!
すわ!原稿からの新発見か新解釈で新しい演奏があるのか?
木管群はメロディの断片をやってるし。
…って、これって見たことある譜面だぞ…?」
落ち着いてよく見てみるとページ数がおかしい。
124ページの次が129ページ…
なんてことはない、落丁でした。
交換してもらって一件落着。
でも、この新カルマス版、ほんとに新発見があって必見です。

以前宮沢賢治記念館を訪れた際、彼の愛用したセロをさわらせてもらいました。
まったくの偶然ですが、僕の愛用のチェロ、「ゴーシュ」という名前の楽器なのです。

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一つの山を登り、そしてまた次の山へと向かうのです

D1000069 哀れ愛車がレッカーで運ばれて行きます…

というのは冗談で、本番後の打ち上げ後「運転代行」によって運ばれていく愛車です。

あるオーケストラのコンマスFさんに紹介してもらったこの代行業者、とってもリーズナブルで便利!
時々利用させてもらっています。
「運転代行ってなぁに?」という方のために簡単に説明すると…
酔っ払った運転手に代わって運転して自宅まで運んでくれる、という商売。
運んだ後の帰りがあるので通常はもう一台の車とドライバーが一緒です。
でもこの業者さん、一人で来てレッカー車に乗せて運ぶのです。
だから人件費は一人分だし、自車のガソリンも減らないという優れもの。

さてこの日の本番、とってもいろいろなことを感じさせられた演奏でした。
まあ、事故は付き物。
とは言え想定外の事故も起き、ちょっと悔しい思いも…

今回の曲目は少々難曲のバルトークのオケコンがメイン。
以前に演奏した時の苦い思い出があり、今回はあるこだわりを自分に持ちました。
苦い思い出…と言うのは、以前の演奏の際、技術的にどうにも難所を越えられなかったオーケストラに対し、自分の音楽(テンポや表現)を妥協して「何とか本番をこなした」に過ぎない演奏をしてしまったこと。

今回の演奏者の皆さんにとってもやはり慣れない、高い山であったことは確かのようです。
しかし、今回は自分のやりたいオケコンから絶対に外れたくない。
そんな縛りを自分に課してリハを重ねたのです。

結果は…
皆さんよくついて来てくださいました。
完成度も精度も高い演奏、とは言い切れないと思います。
それでも、面白い演奏だった。
このオーケストラの様子もずいぶんわかってきました。
いつかまた、この曲をこのオーケストラの皆さんとやりたい!と本気で思う、そんな帰り道なのでした。

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