夜のガスパール
ラヴェルのピアノ全集の楽譜を購入した。
組曲「鏡」の中の「道化師の朝の歌」を弾いてみたかったから。
そう言えばラヴェルのピアノ曲は「亡き王女のためのパヴァーヌ」しか持っていなかった。
野球部だった僕が音楽に目覚めていったのは音楽好きだった両親の影響。
家にあるレコードを繰り返し聴いた。
そのうちにラジオを聴き、自分でもレコードやスコアを買うようになった。
初めて買ったスコアはワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とドビュッシーの「交響詩『海』」
ひょんなことで音楽を志し、音楽大学を目指した僕が試験科目のピアノを習い始めたのは高校三年生の秋。
一緒にアルバイトをしていた音楽大学のピアノ科の学生に押し掛けレッスンを頼んだ。
ピアノだけでなくソルフェージュも聴音も楽典も指導を頼んだのだからずうずうしいとしか言いようがない。
暮れも押し迫ったころにあまりの僕の出来の悪さに泣かれてしまったのを思い出す。
「無理よ!どうしたらいいの!」って。
本当に泣きたいのは僕だったんだけど。
たった半年で何とか音大に入ろうというのだから、週に何度もレッスンに通って詰め込んだ。
すると自然に、戦友のような連帯意識も生まれた。
高校生男子が、ほとんど年齢も違わないその女性に仄かな恋心を抱くのは致し方ないこと。
その彼女が休憩中に弾いてくれたのが、ドビュッシーの「ピアノの為に…」
一曲目の新鮮で強烈な和音とそのピアニズム。
二曲目の素朴で、しかし神秘的にさえ聴こえるサラバンド。
三曲目の、およそ一生かかっても自分には弾けないと思えるトッカータ。
一遍で虜になって、レコードも聴き、自分でも挑戦した。
そしてドビュッシーの楽譜と音源を貪るように探し、どっぷりとこの作曲家にはまってしまった。
レッスンの度に、僕はドビュッシーの曲を弾いてくれるように彼女に頼んだ。
彼女は他にもフランスの作品を弾いてくれた。
題名の分からない何曲か。
実はラヴェルのピアノ曲は弾いたことも聴いたこともほとんどなかった。
ドビュッシーに傾倒しておきながらラヴェルにそれほどはまらなかったのは、二人の関係からしてある意味不思議で、ある意味納得…
それでもラヴェルの管弦楽曲は聴きまくっていたわけだから、ラヴェル自体は好きなのだ。
今回楽譜を手に入れて、とにかく片っ端から弾いてみた。
「水の戯れ」「海原の小舟」「古風なメヌエット」…「夜のガスパール」
…「夜のガスパール」
そう、紅茶を飲みほす間だけのちいさなコンサートで、彼女の弾いてくれた曲はこの曲だった。
遥か昔の出来事が朧に想い出される。
そうか、この曲だったんだ…
ドビュッシー「ピアノの為に…」も弾いてみる。
うん、はっきり想い出す。
僕はこの曲が大好きだった。
新鮮な感動と、その先に広がる音楽の大海原を感じた。
仕事として音楽と接しながら、
絶対に忘れちゃあいけないよなぁ、
あの感動と喜び…
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