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2010年2月20日 (土)

迷走するサラバンド

第20回朝日作曲賞の受賞曲、「迷走するサラバンド(広瀬正憲)」
いろいろ入り組んだ心の迷宮に疲れて、ちょっとした息抜きのつもりで読み始めて一気に読んでしまいました。
その迷走する苦悩に共鳴したのかもしれません。

「サラバンド」はスペインで流行した舞曲で、後に定番化して『古典組曲』や組曲としての「シンフォニーズ」に組み込まれるようになりました。
そもそもはカリブ地方やスペインの植民地だった中南米から伝えられたとも言われ、その起源はさらに古代ペルシャにも求められるといいます。
まあ、現代の僕にとっては「古典的な舞曲の様式の一つ」としての認識が強いんですけれど…

「サラバンド」はゆったりとした3拍子で書かれることが多く、
Fig01_8
の1小節目のように2拍目と3拍目が融合したリズムになる、すなわち2拍目にアクセントが来るようなニュアンスをもつことがしばしば見られ、特徴の一つとなっています。
(ちなみにこれは「迷走するサラバンド」の冒頭のフレーズです)
2拍目のアクセント感が強調されることによってゆったりした中にも躍動感が、また強拍が1拍目に来た時などにそのフレージングの印象を強める効果もあります。
コード進行にもいろいろ特徴がありますがここでは一例を…
Fig02_5 
短いカデンツの連続が大きなカデンツを形成することもあります。
また、2小節のフレーズが二つ、その小楽節を二つ繋げてひとつの旋律ができているのも特徴です。

さて、この「迷走するサラバンド」
そこここにそんな「サラバンド」の様式を垣間見せつつ自由に描かれています。
大きな特徴は使用されている和音とメロディ構成と音階。
オーケストレーションについては、スコアを一見すると吹奏楽の様々な楽器の音色感はむしろあまり使用されず、かなり限定的な音色で統一的なサウンドを目指して書いているように思えます。
単独である音色に依存するのを避けるかのように。
もちろん所々には、ソリスティックな部分、或いは小編成の部分から大きなトゥッティに移りゆく部分など、音色の変化を意識した部分も見られますが。

想像するに、「作曲家はこの曲をピアノで弾きながら、もう少し具体的にオーケストラの音をイメージしていたのではないか?」
確かにスコアからはピアノ曲のような統一的なオーケストレーションの世界を読み取ることができ、音の配置や音域への配慮は時に作曲者の本来の意図とは違うのかもしれない、と思えるところもあります。

だからこそこの曲の持っている音楽を考えるとき、おそらくはピアノで作曲されたことへの考察はとても重要だと感じるのです。
「作曲者はどんな音楽を目指してこのオーケストレーションを施したのか?」

トゥッティ部分の音の重ね方には分厚い音色へのアプローチを、また楽器間にまたがる和音のヴォイシングなどからは浮き上がるべき音色への期待を、それぞれ感じ取ることができます。
本当は作曲者はオーケストラの中のホルンやトランペットのような「キャラクターピース」と弦楽器群のサウンドの様な「トゥッティの厚み」を吹奏楽の限られた色彩の中でもっと出したかったのかもしれません。
要は作曲者の意図を読み取り、その再現と自分の創造力とを融合させることです。が、もっと大切なのは「その音楽を理解し、表現すること」だと思うのです。
この、厚く書き込まれたスコアの中から「作曲者の書いた音楽にふさわしいサウンド表現を引き出す」ということではないでしょうか。

さて、この曲を支配する要素の一つが特徴的な和音。
Fig03
特に多く登場するのが上記の和音。
通常の所謂「属7の和音」の第5音が下方変異したもの(上記1小節目)。一般的にはドッペルドミナントの一つです。S(サブドミナント)諸和音に分類され、通常はドミナントに進みますがその機能は主調に対しての属調への解決、つまりドミナントです。しかし、その解決を飛ばして一気に主和音に解決することもあります。また、まったく同じ構成音を持つ減5度の関係にある調であることから急激な転換も見られます。減3和音の要素が強いことも関係します。
第5音が下方変位しているのは「同主短調からの借用」にもその理由を求めることができます。
この和音、ドミナントとしての機能も強く持ちつつとっても面白いのです。
4つの構成音中、二つずつを分解してみるとそれぞれが「長3度」のつながりであることが分かります(上記2小節目)
で、この二つを入れ替えるとあら不思議同じ構成音で減5度(増4度)上の同じ和音になるのです(上記3小節目)
また、「減3和音」の響きにより緊張感が強く表れるのです。
バルトークの好んで使った和声法にも見られる手法です。

同じ和音を別の角度から見てみましょう。
Fig04
第1音と第5音、第3音と第7音、それぞれの関係を見てみるとそれぞれ音程が「減5度」であることが分かります(増4度とも言えます)
この曲の大きな要素でもあるこの音程=「減5度(増4度)」
減5度のさらに減5度上は元の音。
つまり1オクターブのちょうど真ん中がこの音(音程)
古典的なソナタ形式等の観点からも完全5度ではなくこの不安定な減5度で全体を構成した作曲家の意図とアイディアと、違和感なくまとめあげる才能に脱帽です。

ここでもう一つ触れておきたいのがこの和音。
Fig05
先ほどの下方変位の第5音に通常の第5音が同時に鳴ったもの。
同じような特徴を持ちつつ実は上方変位の第11音を持つテンションコード。
しかしその響きはさらに複雑に、そして幾分明るく聴こえるのです。

さて、ちょっとおまけ。
Fig06_3   
1オクターブの中を全部短3度(半音3つ分上行)に分けると均等に4つに分かれます。
この和音は減7和音(減3和音にもう一つ減3)
どの音を半音下げても自動的にどこかの長の属7の和音になるという、不安定でおもしろい和音です。(そのままさらに半音下げると前出の第5音下方変位の属7の和音になります)
もう一つは、1オクターブの中を全部長3度(半音4つ分上行)に分けると均等に三つに分かれます。(4つ目が基音のオクターブ上)
3つの音で完成なので7の和音は基本的にはありません。
この曲の中でも様々な和音の中にこの響きを含んでいるものが良く出てきます。

和音とメロディの両方に大きな影響を与えている要素が、「半音階」と「倚音」「刺繍音」
本来進むべき音に素直に行かずに寄り道するのが倚音や刺繍音。
Fig07_2
1小節目と2小節目のものは両方とも練習番号(A)で出てくる音形。
3小節目は“D音”の上下を刺繍するように縫って寄り道する、曲中では4小節目に初出する音形。 
そして下の楽譜は練習番号(I)の4小節間の和音
Fig08_3
耳慣れない和声進行のようで実は分かりやすい進行でもあります。
2小節目は「同主短調から借用の第6音付加の和音(。IV+6))と考えられます(和音記号は間違いです)ので、そのまま主和音に解決します。この和音が中間部の特徴的和音です。
3小節目で低音は主和音“E♭”に解決しますが上部構成音はE♭durのドミナントであるB♭属9の和音(根音省略・第9音下方変位)で解決を引き延ばします。
それと同時に、D→E♭、H→B♭、A♭→G、の半音進行する解決に強い印象を覚えます。

さて、いくつかこの曲の特徴的要素をひも解いてきましたが、最後にもう一つ。
「特別な音階」です。
Fig09_3
メシアン、ルトスワウスキー、等々様々な作曲家がいろいろな「音階」を作り出してきました。
それらは古い時代に存在した音階の復古だったり変容だったり、民謡や地域独特の音階からの取材だったり、独自の理論による新たな音響世界だったり、と様々です。
そんな創作音階の一つがこれです。
「半音と全音が交互に並ぶ音階」
今日の一般的な音階よりも一つ音の多い、9つ(8つ)の音で1オクターブです。
一つ置きに音を並べるとあら不思議「減3(減7)和音が現れます」
どの音からやっても同じです。
当然真ん中の音は完全5度の“G”ではなく、増4度(減5度)の“F♯(G♭)”
つまりとても不安定で不思議な音階なのです。
そして既存の短音階や民謡や教会旋法等の古い音階との近似もこの曲の素朴さに一役買っていると言えるでしょう。

さあ、それでは曲の中身について詳しく読んで行きましょう。

いつか。

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