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2010年4月

2010年4月28日 (水)

ピアノが弾きたい

最近やけにピアノが弾きたい。
上手になりたい。
なぜそんなにピアノに、惹かれるのか。

幾つか思いつくきっかけがある。
その一つはテレビで見たランランの演奏。
賛否両論はいつの世も常だが、初めて演奏する姿を観てなんだかすごく共感した。
ああ、そう、そうなんだ、そんな英雄ポロネーズが弾きたかったんだ。

頭の中でフルスコアに書かれたオーケストラの音を鳴らすと、自由に、素晴らしい音が出る。
だから、理想の音楽を演奏できる。
想像力も創造力も無限に湧いて出る。

ピアノは自分ひとりで演奏できるオーケストラなのだから、もっと自由に世界が広がるはずなのに、自分の技量の中で小さくまとまっちゃう。
で、気付かないうちにだんだんそれに慣れちゃう。

もうひとつのきっかけは、「のだめカンタービレ」の中でのだめが弾いたモーツァルトの「トルコ行進曲」
ヤバかった。
自分の演奏と全然違う。
もっと気がつくはずの、否、気が付かなければいけない細部の表現に音楽がある。
100%賛同できる内容ではなかった。
でも、内容が(音楽が)「ある」のと「ない」のでは雲泥の差、月とすっぽん・・・

今朝、目ざましテレビでランランが生出演してピアノを弾いていた。
そこで初めて知った。
あの「トルコ行進曲」を弾いたのはランランだった。
う~ん…あそこまで弾ける日が来るとは思えないけれど、少なくとも音楽の心だけは曇らせないようにいつも気をつけなければ…

もう一つ思いつくのは、一緒に演奏してくれるプレイヤーのみんな。
リハを重ねてどんどん良い音楽がにじみ出してくる。
僕が入力したものとは違う、その人自身の何かが。
本番でも同じ。

それが羨ましくって、
自分でも演奏したいんだと思う。

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2010年4月27日 (火)

イイの見つけた!

いいスイーツに出会うと嬉しくなりますよね!
今日食べたのはこれ(今日と言っても日曜日の話)

20100425123513_2 しっとりマカロン

実はマカロンの食感結構好き。
表面カリっと中しっとりなのは結構あるんだけれど、すぐポロポロ崩れちゃうのが多くって…
それに無理やりクリームとかはさんでるのが多いんだけど。
これは、いい感じ。
ねっとりした感じが程良くって表面はカリッと。
また食べたいなぁ…

ここはライオン・キングのオケ楽屋。
美味しい食べ物はあっという間に消えてなくなるのでした。
マカロンを持ってもらったのはキーボードT中さん。
向こうでお握り喰ってるのはヴァイオリンのいりかね。
素晴らしいプレイヤーと一緒にやると、1っ週間ぶっ続けても飽きません。

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迷走するサラバンド…続③

(D)
テンポを戻して再びAgitatoです。このAgitatoにはやはりたたみかけるような、追い立てるような切迫感が必要だと考えます。しかしテンポを上げていくとかえって全体の面白味が減ってしまいます。刺繍音を使ったモチーフと音階の旋律は使われておらず、(A)の発展した形です。
この部分はとても面白く、そして難しいですね。高音木管とTrp.に現れるAgitatoの主旋律は16分音符をしっかり聴かせてそれ以外をしっかり落とし、リズム形の金管や打楽器とのアンサンブルを大切にしたほうが(A)との整合もとれるし効果が際立つと思います。そしてその短い音形の隙間を埋めるかのようなサラバンドのメロディ。それと新しい彩りとしての2,4小節目に現れるHrn.Trb.の音形。これらを整理するのにはちょっと工夫と説得力が必要です。
それぞれのパートが持っている要素の音楽的意味をどう関連付け、どう切り離すか、と言う事です。僕は「解釈」という言葉があまり好きではありません。「解釈」という言葉に逃げない、音楽の必然をもとに様々な楽譜を読み解き音にしてきたのが僕のやり方ですから。でも、この部分にはまさに解釈の自由がかなりあると思います。
僕は、(A)と同じ要素については同じ扱いで、すなわち、各パートの要素は互いに関係は持つものの完全は融合はしない、としてバランスをとります。サラバンドのメロディは既出のものと同じく、楽譜通りの抑揚です。これに対して他の要素も2,3小節目にまたがる抑揚をかけると対比が見えにくいと思うので高音木管とHrn.の1,3小節目のcresc.は減らしています。特に木管高音は(A)で現れたのと同じ、fp的な演奏にしています。それに合わせて2,4小節目のTrp.の開始音はかなり抑えた音で、3,5小節目の頭は大きめに鋭く演奏しています。そうすることで(A)の音楽とサラバンドのメロディとのコントラストがはっきりします。
全体としては1,2小節より3,4小節のほうが大きくなるように発展させます。その際に2,4小節目のHrn.Trb.をわずかにcresc.させるのもやってみたら効果的でした。しかし、このパートはあえてcresc.で煽り立てず、ストイックに音量をあげたほうが僕は他との差別化ができて好きです。
5小節目も同じ形で入ります。木管高音、A.sax. Trp.2,3 S.D.もカッチリ落とします。とは言え、Perc. Trb. Tub. C.b. も共に、極端に落とすと効果は抜群なのですが(D)全体、曲全体としてみると直情的すぎてNG。前4小節の音量・バランスに留意して、ここで極端な強調をせずとも(E)への前半のカタルシスが表現できるようにするべきでしょう。

極端な表現が好まれるコンクールの場面では「短いスパンの表現になろうともその場面ごとの効果を強調する」ほうが絶対に有利だと思います。しかし曲全体としての表現を考えて構成すべきだと僕は思います。特に、優れた楽曲ほど。
「その部分の表現は、全体の音楽のどんな表現へとつながっているのか?」
まさに「木を見て森を見ず」の演奏・審査が多いなぁ、と思うのです。

5小節目からは低音からのメロディを立てるために他の要素のcresc.は抑えます。が、全体としてのcresc.を作り出すのに必要なcresc.は必要。8小節目でユニゾン化するために7小節目は一気にcresc.します。
incalzandoのテンポアップは僅かながらします。特筆すべきは、“休符でもincalzandoをつづける”と言う事。休符でブレイク感を出し過ぎると、incalzandoの急き立てる感じがなくなってしまって(E)の前の“間”が活きません。

(E)
頭の4分休符はあくまでインテンポで、決してフェルマータ的にせずに演奏します。D7b5/F#の和音はmolto tenutoで、Dユニゾンの3連符はマルカート目に、つづくユニゾンの動きはtenuto accentoでGの伸ばしは深い音で長めに。と言う風にここまでだけでも3つの表情を出します。2小節目頭が8分音符で切れるパートは3連符の音形と整合を取ります。
3小節目の再スタートは隙間があかないように。あらたに入るパートは十分鳴らしたf(フォルテ)でよいのですが、その前も演奏している金管・弦はユニゾン感を損なわないよう弱めのほうがバランスが取りやすそうです。4小節目2拍目まではmolto pesanteですがそれ以降は流れを重視し、(F)まで自然な流れでrit.します。
(F)からはテンポが速くなりますのでエネルギーを溜めるようなrit.をすると、「発車!」みたいに中間部が始まってしまうのでエネルギーがふわりと抜けていくようなrit.を心がけています。(C)よりも速いテンポなのにも着目しています。

まだまだ続く…と思う

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2010年4月26日 (月)

ケルヒャー

初のジャパネットたかたでの買い物は「高圧洗浄機」
今朝一番の配達で届きました。
今日は午後から出掛けなければならないので、今度時間のある時に…
と思ったけれど、我慢できずに開封。
とりあえず、つないで使ってみました。

すごい!
大げさでも冗談でもなく、これは絶対“買い”ですよ!
値段は15000円。
これが高いのか安いのかはよく分からないけれど、この値段でこの威力は満足を超えて驚異!

この値段じゃ、まあ、ホースの勢いに毛が生えた程度…
なんて思っていたら、さにあらず。
巷のコイン洗車上の洗浄機と比べても遜色なし。

ポーチも車も家の壁もウッドデッキも、どんどん綺麗になる。
ついでにカーポートの屋根も、というところで時間切れ。
ところが屋根の汚れがぼたぼた車に降り注ぎ、それを洗い落とす時間はすでになく、結局どろどろの車で出発…

今度は時間のある時にもう一度写真付きでこの素晴らしさを語ります。
とにかく、想像以上の良さですよ!

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ここが家だ

僕は福島県立美術館が好きだ。
15年以上通っている。
山田正晃、アンドリュー・ワイエスの作品にはここではじめて出会った。
以来、機会があるたびに追い続けている。
斎藤清の作品は鎌倉で見知っていたが、ここで深く接した。
もう一人、忘れられない作家との出会いがあった。
その人の名は、「ベン・シャーン」

POPな絵柄とシンプルな線とカラフルな色使い。
なんだか最初は馴染めず、それほど気に掛けなかったのだが、一つの大きな作品の前で足が止まった。
その「ラッキー・ドラゴン」というタブロー画には裸の男性がベッドに腰掛けているのが描かれている。
やはりPOPな顔つきなのだが…なぜか恐い…
うつろな視線の向こうに、明らかに“悪意”に満ちた何かがある。
動きのない画面からは生気を感じない。
しかし、彼の体には無数の赤と青の線が描き込まれている。
紛れもなく動脈と静脈であり、その線が「かろうじて生きている」ことを知らしめているように見える。
不思議に目が離せずしばらく見続けていたが、彼の持つ紙片に書かれた英語の小さな文字を読んで、驚いた。

「私は漁師。久保山愛吉が名前だ。 …中略… 私は9月23日に死んだ」

ビキニ環礁から80マイル離れたところで“原子爆弾”の雲によって被曝した、とはっきり書かれていた。
14万人以上を殺した広島型原爆の、実に1000倍にも及ぶエネルギーの“水爆”の実験だという。

いったい誰が誰を殺すというのか?
事実上防ぎようのない放射能は“毒”とは違う。
解毒剤も治療薬もない。
チェルノブイリ原子力発電所の事故の放射能も、世界中に、日本にだって放射能を飛ばした。
過去の話ではない。今でも続いている。

気付いている人々がいる。
「海も空もつながっている」、と。
知らない人、知ろうとしない人がいる。
「遠い国の、自分とは関係のない話」、と。
さらに、
忘れ去られるのをじっと待っている人がいる。
忘れるように、知らせないように、としている人がいる。

すべては人の仕業。
そしてすべては人に返る。

「ラッキードラゴン」の画を初めて見たときの衝撃は忘れられない。
明るい作品とともに社会的な暗部にも光を当て続けた作家、ベン・シャーンが描いた最後の連作が、このアメリカ国防省の水爆実験による第5福竜丸の被曝事件。
そのタブローたちを使ってアーサー・ビナードが構成し文(日本語!)を書いた本が数年前に発表された。
「ここが家だ」という本。

やっと手に入れた。
押しつけた思想を語るわけでもなく、事実と悲しみと恐怖と、未来への不安がある意味淡々と描かれている。

世界で唯一原水爆が投下された国で、苦しみも悲しみも知っているはずなのに、この国はまだ原子力発電なんぞを続けている。
“もんじゅ”が運転再開しそうだというニュースを見て、「ここが家だ」を読んで、恐怖を新たにした。
漏れ出した放射能を完全に除去する方法は、無い。
使用済みの核を、放射能が消えるまで保管できる容器などこの世に存在しない。
どこか人の目に触れないところに隠すだけだ。
「人の目」?「隠す」?

「ここが家だ」はその矛盾をもう一度教えてくれる。
どこだって、自分の家なのに…

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2010年4月24日 (土)

今日の衝動買い、はとうとうジャパネットデビュー

ジャパネットたかたって、よくテレビで見かけるけど「あれで買い物する気にはならないなぁ」と思ってた。
だって、安いのにはやはり特別の理由があるわけで…
新製品が出る直前、ワケありで大量入荷(量販店の倒産とか)、ちょっと人気薄の商品、法改正前のたたき売り…などなど。
もちろん大量に仕入れて大量に売る、いわゆる薄利多売のカタチでもあるわけだけど。

まぁ、新製品好きでフラッグシップ症候群(一番上のグレードでないと安心できないヒト)の僕は手を出すことはないだろうな、と思っていたのですが…

今日買っちゃったのは、
「ケルヒャー 家庭用高圧洗浄機」

車内でCM見てたらすごく欲しくなっちゃって即電話。

我が家の定番キメ台詞
「それって必要なの?」
と言われるのは必至ですが、まだ届いていないので隠し通すつもりです。

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2010年4月23日 (金)

迷走するサラバンド…続②

(B)
直接的で直線的な要素の多い急速部において、最初に出てくるespress.のサラバンドの主題。この主題の印象をここではっきりオーディエンスに印象付けたい。ので、この2小節間ははっきりバランスをとります。全体的に、記譜されているmp,mfよりもかなり落として演奏しています。また、せっかくビブラートの効果の高い楽器が主旋律なので十分に(ビブラートを)効かせたいところですが全体の、あるいはこのセクションの構成を考えるとあまり濃い歌い方はできない、と考えてかなり控えめな淡い印象の2小節にします。
3小節目へのつなぎでSax.Eup.がcresc.をかけすぎると3小節目からのトゥッティ感が損なわれます。すなわち、他の楽器が追いついてきたのに逃げちゃう感じになって一体感が出ないのです。3小節目ではっきりトゥッティ感が出るように調整しています。
以降は、3小節目mf-、4小節目mf+、5小節目f、そのまま4小節目のffまでつながったcresc.でブレイクを強調する、のが基本的な作りです。この4小節間はcresc.の後に音量を落とすことなく上げていきます。一回落とすスタイルのcresc.を繰り返すと“うねり”が生まれてしまい、ブレイク感が薄くなります。ということは(C)の効果も半減するわけです。Trbn2,3の3小節目5拍めにもcresc.を使います。

(C)
3つの掛け合いメロディは強いespress.を出します。多めのcresc.でアクセントの付いた16分音符を強調するのです。もちろんtenutoも付けて苦悩するようなうねりを出します。
この4小節間の和音は二つの違う和音とも言えますが、構成音はまったく同じです。その中でメロディ群は2度上行しています。当然緊張感は増すのですが僕は音量は変化させません。この後に続く部分が混沌としてしまい新鮮味が薄れるからです。
4小節目の木管群はmfからfまでcresc.し、4拍目で再びmfからfまでcresc.します。一見するとcresc.の応酬の小節に見えるかもしれませんが、違います。4小節目3拍目の頭までが前半で、3拍目からは後半に入ります。
2小節目と、4小節目の前半を同じように強調するためには4小節目のHrn.にもcresc.がほしいところ。僕ははっきりcresc.で演奏してもらっています。で、3拍目では頭からsub.mfに落とします。この二つの役割のクロスオーバーがあるために作曲者はHrn.にcresc.を書かなかったのでしょうが、やってみる価値はあります。また、Fl.Ob.Es.Cla.のスラーは3,4小節ともつなげています。
4小節目3拍目は、楽器構成がガラッと変わるので音量に関係なく唐突な変化が生まれます。つまり、音量のつながりを考慮する必要はまったくないのです。むしろかなり抑えた音量で、輪郭をくっきりさせることに集中する必要があります。しかし、流れ・テンポ感のつながりは十分に考慮する必要があります。16分音符の塊毎に音符が詰まる傾向にあり、また入りが遅くなる傾向も強いので流れとしての16分音符の動きがつながることは重要です。
5小節目の小さなcresc.は1回ごとに音量を戻し、しかし毎回少しずつ大きく始めて大きいところに到達するように、つまりcresc.の応酬を聞かせ、尚且つ5,6小節全体でもcresc.になっているように聴かせるのです。
6小節目3~5拍目の16分音符上行形の毎拍cresc.もできれば顕わにしたいところ。(D)の頭へのアプローチは(C)の頭と同じく絞り出すようなつながりを作ります。
僕はincalorireにも少しテンポアップのニュアンスを伴わせます。accel.の表記からだけではなかなかうまくいきません。しかし、ほんの少し匂わすだけで十分。
5小節目に現れる高音木管のモチーフは長さが段階的に短くなっていくのを利用してストレットをかけます。ウラにtenutoが付いていますが、むしろ拍頭に付けるようにしています。一番短く鋭いところ(5回目のモチーフ)ではTrp.とHrn.は長い音符になります。僕はここにも(A)の4小節目でつけたようなfpを付けて強調しています。

まだ続く…

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2010年4月22日 (木)

ショパンに恋して

いまショパンに恋してる
ショパンが弾きたい!

僕も結構、昔に比べてピアノが上手になったので、意外に弾けちゃうんじゃない?
なんて思って英雄ポロネーズの楽譜を引っ張り出してを弾いてみたけれど…
手も足も出ない!

でも、昔、遠い世界過ぎて弾いている自分の想像すらできなかった曲でも、今弾けてる曲もある。
根気強く練習していけばいつか弾けるようになるのかな?

ゆっくりからひたすらさらえばいいのかな?
基本練習いっぱいしないとダメかな?
もうこれ以上弾けるようにはならないのかな?

否、まだ進化は続いているはず。
いつかきっとプレリュードの24番だって弾きこなして…みたいなぁ。
そして、ラストのDをコブシでたたく!!(知ってる人にしか分からない…)

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迷走するサラバンド…続①

以前この曲のアナリーゼのさわりを書いたら連日メールをいただくようになりました。
そのほとんどはちょっとしたお話や質問なのでできるだけ返事もしますが、ときどき「ご講釈はいいから、実際どうするのよ!?」というメールも来ます。
別に誰かのために書いてるわけでも商売でも何でもないので、そんな失礼な言い草に付き合う必要はないんだけれど…
最近あまりに増えてきたので、ちょっと書いてみます。
普段だったらこんなことしませんよ~、だって、めんどくさいもの。
興味ない人は読み飛ばしてくださいね。

一応言っておきますが、譜面から正確に音楽を読み取ろうとしたところから出る内容とは言え、あくまで「一つの意見」に過ぎません。

(Prologue)
冒頭Ten.、Bar.Sax.のSoliは十分なespress.で歌います。上りに6拍下りに3拍使うのがみそ。Ten.はサラバンドを基調としたcresc.で、フレーズややわらかいアクセント(<>)を利用して歌います。Bar.はヘミオラを利用して2拍×3を押し出しながらcresc.します。decresc.はスラーの掛け合いを意識しつつ、ふわりと出だしの和音に戻る流れを作ります。
この、「最初の音に戻る」感じが出せなければ4小節目が活きません。ちょっと“ドキっ”とする不安感を表現したいからです。
この4小節目、W.b. Xylo.は少々強めに効かせています。Cla.も強めにスタート。「何か心に引っかかる不安がある…あれ、なんだっけ?」とか「お前それでいいのかい?本当にそれでいいのかい…」という、心の片隅から聞こえる不安の声。きちんと消え去るようなdim.で、しかしほんのちょっと尻切れに切ります。ちなみに、Eup. Fag.が複数人いるなら減五度のバランスを取るべきでしょう。
文字通り、気を取り直して再スタート。始まって3小節目、今度はdim.でまとめずにcresc.で不安感を現実のものとします。8小節目の‘不安の主題’のリフレインは、僕はソリスティックに感じて構成します。オーケストラで木管セクションだけが演奏して9小節目から弦をふくむトゥッティが鳴るように。ですから、演奏するすべての楽器をソロにします。注意すべきは、cresc.の掛け合いではない、ということ。この一様な形のcresc.は後半でも効果的に用います。ウラ拍のみでのcresc.ですから拍頭の不要なふくらみは厳禁です。
9小節目からはcresc.の応酬。しかし、全体的にはtenutoを強調してトゥッティのボリューム感を出します。テンポアップはあまりしません。もともと音符が細かくなるのでテンポを上げすぎると崩壊しがち。ただし、スピード感が増す必要はあります。そのため各音の張りを徐々に上げるように作っています。なかなか効果的です。
続くTen.Sax. Eup.はヴィブラートもしっかりかけて(A.Cla.はもちろんかけませんが)かなりドラマティックに作ります。8分音符3つのトゥッティは分割で振っています。フェルマータにならないように、泥沼から抜け出すようにrit.からAgitatoに突入します。D-Gの低音の動き(実際にはD-Aですが)をしっかり鳴らすと解決感がよりはっきりしますが、僕はあえてイーブンなバランスで鳴らし、混沌の中から抜け出ます。

(A)
2小節間は突き進むアクセントがどうしても必要。3小節目で初めてバランス感覚が生まれるのを表現できれば効果抜群。3連符が付点に近く跳ねがちなので、センプレアクセントのためにもイメージ作りのためにも、休符を音符で埋めて練習します。装飾音符ははっきり拍前に出し鋭く。他のリズムも、倚和音の動きがずれると悪目立ちするので徹底的に合わせます。
3小節目からの16分音符メロディは、僕は頭にtenutoをつけます。どうしても拍より前に出したがる音形なので、拍頭を強調です。
4小節目のメロディは存分に鳴らした後すぐ落とします。そのままcresc.はかなり抑えて最後にぐっと上げています。どうしてもひとりでにcresc.がかかりすぎてしまうので、意識的に抑えてストイックに作ります。
6小節目の頂点感のHrn.A.sax.Cla.はよく鳴らして。Eup.T.sax.Acla.は、一気に引いて行くようにかなり大きく入り、かなり早くdim.します。
7小節目のメロディは先ほどと同じく深いfpで。
10小節目綺麗にdim.して次のセクションにつなぎたいところ。A.sax.T.sax.Cla.は結構大きめに入ったほうがうまくいきます。が、少々A.sax.綺麗になりにくく要練習。Eup.に足しちゃうのも一手。T.sax.3拍目にCを足すのもあり。この楽器だけ抜けるので。

続きます…

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2010年4月17日 (土)

朝起きると‥‥

昨日から福島。
スタッドレスをはずした翌日の朝…
リハ開始は11時…
どうしよう…

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朝起きたらこんな感じ。
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いつもだったらウキウキで飛び出すのに…

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2010年4月14日 (水)

ショパンの森

ポーランドが生んだ偉大な作曲家、フレデリック・ショパンが生まれたのは1810年の3月1日。
今年はちょうど生誕200年。
と言うわけで今年はそこでもここでもショパンが聴ける。

“僕の音楽はどこにある?どこへ行く?”そんなあてどもない、そして音楽家なら誰もが背負いつついく命題に、時々深く悩む。
いろいろ試行を巡らせながら、後悔したり反省したり落ち込んだり、小さく前向きに向き直ったりしながらつらつらショパンを弾いた。

思いもかけずボロボロ涙が出た。
弾いた曲は、ワルツを数曲、バラードの1番、幻想即興曲、Esdurのノクターン、その他…
その中のamollのワルツを弾き終わったらポロポロ目から水が出た。

僕が音楽の道に深々と入り込んでいったのには幾つもきっかけがある。
その一つが小学校からの友人のピアノだ。
彼とは彼の父親とともに小学校の頃は釣りばっかりして過ごした。
その彼は、吹奏楽部だった姉の影響で(多分)子供の頃からピアノを習っていたらしい。
“らしい”というのは、小学校の頃には「そんな女みたいな習い事」は秘密にしておくのが一般的(だと思っていたバカ小学生)だったので、中学生になるまでそんな才能があるなんて全く知らなかったのだ。
その彼が中学校の何年生だったか、ある冬の日に、ストーブで窓の曇った音楽室でピアノを弾いた。
クラシックの“ク”の字も知らない5厘頭の野球部員だった僕だが、その衝撃は忘れない。
「右手が4つの音を弾く間に、左手は3つの音を弾くんだよ」と彼は教えてくれた。
彼の弾いてくれた曲はショパンの「幻想即興曲」とムソルグスキーの「展覧会の絵」
「左手が超高速で動かなきゃならないんだよ」と言いつつ展覧会の絵の中の「バーバ・ヤーガの小屋」の解説をしてくれたのもはっきり覚えている。

その時に思った。
死ぬまでにいつか、この曲を弾けるようになってみたい…と。
それも彼よりも上手に。

その後も不思議な出会いと運命でいつの間にか僕は音楽大学へと進み、音楽の道へどっぷりとはまっていく。
その中で、「ピアノ」と言う楽器にはいつも憧れていた。
ちなみにそれまで僕はピアノを習ったことなどまったくなく、もちろん家にもなかった。
音楽大学受験の半年前にレッスンについたが、家には壊れてシ♭の音が出ない電子オルガンがあるのみ。
どうにか大学には滑りこんだものの、ピアノなんて上手くなるはずもなく、試験用のソナチネを弾くのが精一杯だった。

でも、ピアノに自由に触れられるのは楽しかった。
和音が出る!高い音も低い音も出る!
自分の思った通りのオーケストラがそこにある!

片っ端からいろんな曲を弾いた。
指使いもハノンもバイエルも関係なく、ただただ音を並べるだけ。
ドビュッシーの和音にシビれ、ベートーヴェンにあこがれ、シンフォニー等のオケ曲もたどたどしく弾きまくった。
それはまるで目覚まし時計を分解する子供のように、楽しい驚きの連続だった。
ただ、僕のテクニックでは分解はできても組み立てられない…
元の、本来の形、テンポなどでは到底弾けない曲ばっかりだった。

ショパンの曲を分解していると、よくわからない部品がいっぱいある。
「この部品は何のためにあるの?」
いつか、真っ白い雲が描かれている風景画に近付いてみたら、雲には無数の黒い点が描き込まれていた。
その黒い点が、一見矛盾するようで、その実「真っ白」には不可欠のものだと知った。
きっとショパンも、一見矛盾するような音でも流れの中でそれは「真っ白な雲」を描き出すに違いない。
そう感じていた。

それから、指揮の道を志し、この道を歩いて来て、その間にも数え切れずピアノを弾いて来た。
そして気が付いたら、僕は幻想即興曲を弾いている。
上手ではないかもしれない。
でも、僕は大好きなショパンを弾いている。
あの時のイガグリ頭のニキビ面の中坊が、今どうにかこうにかショパンを弾いている。
自分がこんな曲を弾ける日が来るなんて…
幸せすぎて水が出た。
嬉しくて哀しくて、ボロボロポロポロ水が出た。

今日何気なく弾いた曲たちは、みんないつかの憧れだった曲ばかり。
あの頃よくわからなかった部品も、今なら手に取るようにわかる。
いろいろ悩みは尽きないけれど、それでもやっぱり僕は幸せだ。
今日も、きっと明日も音楽ができる。

いつか必ず、今弾けない曲も弾いてみせる。
そして“今の想い”を懐かしく思える日がくるに違いない。

いつかきっと、あのオケだって、振る日が来るに違いない。

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最近の携帯事情と今日の衝動買い

携帯なんてメールと電話ができれば十分。

なのに最近はスマートフォンだのアンドロイドだのなんだか賑やかで。
さらにしょっちゅう買い替えるなんて…
動けばいいんですよ!いくら古くたって!


なんて言いつつ新しモノに飛びつかずにはおれない…
スマートフォンもすでに持っているので、今回買っちゃったのはこちら。
Sn360002 セパレート携帯。

これが結構面白い。
どうせすぐ飽きるんだろうけど…

iPhoneは買わないのかって?
そんなモノ買うわけ…無いとは言えない今日この頃…
4ローターのラジコンヘリが出たら間違いなく買うでしょう…

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2010年4月 6日 (火)

新世界

また一つ演奏会が終わりました。

練習期間が短く、曲も難曲。
ラフマニノフの「交響的舞曲」とドヴォルザークの「交響曲第9番」でした。
難曲、とは言っても驚くほどのものでもありません。
しかし、練習期間が短かった…

「演奏する側の満足度を決定するものはなにか?」
この命題の答えとしては、
・演奏のクオリティの高さ。
・他人からの称賛の声の多さ。
・集客数の多さ。
・拍手の熱狂度。
・自分がいかに目立てたか。
・メディアからの評価の高さ。
などなど、いくらでもあげられると思うのですが、僕が考える一番の要素は、
「思い入れの深さ」
に尽きると思うのです。

ある指揮者は「満足のいく演奏会なんて、年に1回か2回だね」と言います。
でも僕は毎回満足するし、そうありたい。
もちろん反省もするし悔しい思いもあったりします。
でもね、「やるだけやった」という思いが強ければその結果に不思議と後悔はないものです。
そこを逃げ場にして言い訳にして安寧に慰撫するわけではないので、後でやっぱり反省は必ずするのですが…

今回のステージもとっても良かった、と思っています。
人の評価はそりゃあいろいろあるでしょうが、少なくとも今できる最高の演奏だったことは間違いありません。
オーケストラの皆さんには感謝ばかりです。

それにしても、何度も演奏したことのある「新世界」
この曲に限りませんが、毎回違ったものになります。
というか、毎回新たな世界が湧いて出てきます。
僕はそれに従うだけ。
それはもちろん、僕自身の成長と変化なのですが、それでも前回気が付かなかったものに気が付くのは素敵な感動です。
もちろんラフマニノフもそうですが。

ラフマニノフが自信を持って世に出した「交響曲第1番」は、酷評によって彼を再起不能の状態にまで打ちのめしました。
そこから立ち直って演奏家として作曲家として十分な名声を勝ち得た後にも彼は「交響曲第1番」の出版も録音も許しませんでした。
そして40年後、亡命して祖国を離れた客地の新世界“アメリカ”で自身の人生最後の曲として書いた「交響的舞曲」にそのメインテーマを一瞬登場させます。
いったいどんな気持ちでこのテーマを用いたのか?
この曲を演奏するたびにこのことは必ず深く考えます。
でも、今回は演奏の最中、まさに本番の最中に“何か”を強く感じたのです。
雷に打たれたように。

まるで目が覚めたとたん思い出せなくなる夢のように、その“何か”が何だったのか、今はよくわからなくなってしまいました。
でもきっと、その“何か”を本当の意味で知るのは、僕がこの先音楽の海を旅して何十年も生きて、そしてやっとどこかにたどり着いた時だと思います。
その時まで、いっぱい苦しんでもがきながらもこの大好きな海を泳いで行くんでしょうね。

素晴らしい演奏会でした。

(ちなみに幾つかお問い合わせいただいたアンコール曲はプッチーニの歌劇トゥーランドットより「誰も寝てはならぬ!」でした。いくつかの場面をつないだ茅響特別バージョンです)

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2010年4月 1日 (木)

久しぶりの更新なのに…

う~ん、久々の更新なのに戯言諸々…
忙しいやら余裕が無いやら…

まず、山手トンネル。
すご~く期待してたのに…
というか、予想通りの大渋滞。
外回りの4号線との合流のボトルネック具合から既に渋滞の名所となりつつあるんだけど…
今日は3号から西池袋までびっしり…

買ってからずっと見ていなかった「黒部の太陽」を視聴。
やっぱすごい!黒部ダム。
でも、ドラマとしては今一つ。
エンディングが今二つ。
出演者も映像もセットも、超ド級にお金がかかってるのは間違いなし。
黒澤明監督、石原裕次郎主演の同名映画は名作の呼び名も高いけれど。
この映画、監督の遺言によってビデオ化はほぼ不可能…
観たいなぁ…

ついでにNHK・プロジェクトXの黒部ダム特集を観る。
ちなみに観るのは10回目。
こちらは「黒部の太陽」の熊谷組と反対側(ダム本体側)の工事を担当した間組の話が中心。
実際の映像とエピソードを改めて観て、「黒部の太陽」のセットや映像が本来の現場にかなり近いのにびっくり。
こだわりの強さに脱帽。
きっとマニアには届いたに違いない。

韓流ドラマ「華麗なる遺産」
観れない分は録画して、DVDに焼いて車で視聴。
ドラマを録画までしてみるなんて自分でも驚き。
その上最終回を待てずにDVDを通販で購入。
届いてはじめてリージョンコードが“3”であることを知る。
(ちなみに日本は“2”。と言う事は基本的に観れず…)
で、返品…
最終回の録画を観ていて日本版DVDの販売が決まったことを知って即購入予約。
買う価値絶対ありのドラマです。

「銀河鉄道の夜」の編曲がようやく終了。
ホントに大変だった…
実にA42500枚以上の印刷と、B4両面印刷100ページのスコア。
これが素晴らしいステージに化けると、信じています。
そしていつか必ずレコーディングします。
その時は演奏頼むよ!

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