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2010年5月

2010年5月31日 (月)

iPad、ありやなしや

ちょっと待ち時間を利用して、行ってきました。
iPadを買いに。

でも当然在庫はなく、予約したところで手に入るのはいつになるやら…
ショップの店員さんも「僕らも分からないんですよ、いつ入るのか」とのお答え。
それにしてもこの店員の態度がヒドイ。

「機能の詳細を知りたいのですが…」
「こちらになってます」
と、ぺらっと一枚のパンフを。

「値段とかラインナップとかは?」
「こちらになってます」
と、またまたぺらっと一枚。
要するにソフトバンクの契約内容のパンフ。

「在庫は…ないですよね」
「プっ(と吹き出して) まあ、ないですよねぇ。いつ入荷するかも謎ですしぃ」

なんだか上から目線の若造で、ちょっと購買意欲がそがれました…

でもまあとりあえず実機をいじり倒してみました。
一言でいえば、「iPhoneでじゅうぶん」って感じ。
もちろん、僕の利用価値としては、って話ですが。

メール、地図&ナビ、インターネット、音楽、ちょっとしたビデオ、ちょっとしたゲーム、スケジュール管理、ぐらいが僕の携帯端末の利用内容。
その観点から見ればEM-ONEや携帯電話やノートPCで十分。
それにちょっと厚くて重い…
きっと次の機種ではもっと薄く軽くなるでしょう。

しかし、期待できる利用法も結構あります。
これまた自分中心の話なので一般的参考にはなりませんが…
書籍や雑誌がいくつも、かさばることなく持ち運べ、さらにあの大きさならかなりストレスなく楽しめそう。
書籍と同じように楽譜(オケスコア)を持ち運べるなら、大きくて重いスコアを何冊もかばんに詰め込まずに済む。
どうせ本番はスコアは使わないんだし。
リハの時もあらかじめブックマークしておけば効率よくできそう。
複数人で同時に見たいコンテンツがあるときにも便利そう。
向かい合ってのボードゲームなんかもやりやすいし。

学生に教科書兼ノートとして無償配布する学校も出てくるみたいだし、案外教育の現場でも重宝しそう。
美術館や博物館の解説検索、飲食店のメニュー、ショップ店員の虎の巻、などなど、データの検索や閲覧用のツールとしては強力な助っ人になること間違いなしだし。

で、結局…
衝動買い好きの僕にしては珍しく…「保留」
もう少し様子見てから、にしました。
と言うわけでファーストインプレッションはkenshowにお任せします!

でも、ヨドバシカメラに行ったのに何も買わないでいられるほど人間ができてはいません。
で買っちゃったのが「すんごい髭剃り」と「驚きの高性能のマッサージクッション機」と「よせばいいのに…ブルーレイ数枚」
このマッサージクッション、シャレで買ったのにかなりの優れもの!
次回はそのお話を…

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2010年5月30日 (日)

confuse

伝えたい事や語りたいことがいっぱいある。
でも今は時間がない。

今日やった音楽の事、昨日やった音楽の事、明日やる音楽の事。
昨日食べたもの、さっき見た交通事故、空の美しさ、会いたいあの人の事。
買っちゃったあのマシンの自慢、欲しいあの服の事。
出会ったあの人との会話、嘆きやのたまい。
愚痴も感激も徒然の戯言も。

まあ、それはそれとして、明日書くことにいたしましょう。
今言えるのは、iPad明日購入!ぐらいかな?

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2010年5月26日 (水)

豆腐

S20100524194334
蕎麦好きチョコ好き牛乳好き。
肉好きワイン好きウイスキー好き。
ほかにも好きな食べ物はいっぱいあるけれど、豆腐も大好き。

つるつるの絹ごしよりは味をしっかり感じられる木綿が好き。
“高けりゃ美味い”ってわけではないんだけれど、スーパーなどではつい高めのものを買っちゃう。

先日は久々に打楽器奏者のRさんと食事。
某豆腐料理専門店にて。
うん、美味かった~~!
つい立ちあがりたくなるほどの美味しさだった。

音楽の話やら恋の話やらも盛り上がり、あっという間に時間が経っていく…
それにしても彼女とは音楽面で共感できることがとっても多い。
来年の企画の話も盛り上がりました。

よ~し!負けずに俺もがんばるぞ!

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2010年5月24日 (月)

迷走するサラバンド…続⑤

「どうやって振ってるのか詳しく教えてくださ~い」との質問も頂きますが…さすがにそれをここで書くのは難しい(というかメンドくさい)ので、ヒントが欲しい方は直接どうぞ!

(J)
3小節前からの流れを淀ませることなく入るのを目標にしています。「テンポの変化なし」と言う意味ではありません。(J)を予感させずに(J)に入りたいだけなのでフレーズ的処理はもちろんあります。つまりはこの曲の冒頭の4小節目に入るのと近いニュアンスです。指揮は(J)1小節前の3拍目ウラは流れに任せ、その流れをつかむプレパレーションで次の音楽の指示を出します。
さて、作曲者はこの(J)に「混乱と発展」というイメージを与えています。曲は4小節間(2小節×2)のためらう様なフレーズはあるものの、総合的には不可逆的に発展し続けます。和声から見ても当然sempre cresc.なのですが、僕はこのセクションには立体的な混乱を与えています。細かく記してあるcresc.の指示をしつこく強調するのです。一直線の全体的cresc.(グランドクレッシェンド、と言ったりもします)を表現するためには通常はcresc.の度に音量を戻し(落とし)たりはしません。しかしここではcresc.の度にまたわずかに音量を戻して、何度も交錯するcresc.を見せるのです。当然、音量、フレーズ、和声、音色等々、様々なものが交錯します。激しいcresc.の応酬です。ふつふつ湧いては消える泡宇宙のように、そして徐々に泡の数も大きさも増えていきます。部分的にはかなりの音量に達しますが、部分的最大音量を同時に奏する場面は(K)に入るまで一度もないので、思ったよりも絶対的迫力は出ません。「こんなにでっかく吹いてるのに?」、その歯がゆい混乱が狙いです。テンポが上がりたくなるのもぐっとこらえて全体の色彩に心を配ります。

(K)
統一的ブレイクの後場面は一転します。僕はここを直線的に仕上げるために前セクション(J-K)を錯綜するように強調したのです。cresc.したら次の吹き出しはその音量です。すなわちdim.はただの一度も見せません。(3小節目のdim.も必要のないようにコントロールします)アタックも少し固めにしてもらい、Risolutoで(L)へと進んでいく運命を浮き彫りにします。全体として一つのcresc.ですから5小節目に到達してもまだmf(メッツォフォルテ)です。かなりストイックにならなければいけない、難しい部分です。(J)のほうがむしろ短絡的にやりやすいので、楽なのかもしれません。

(L)
全体を通じてスラーの16分音符+付点8分音符のフレーズ((A)の3小節目のCla.等)には頭にtenutoを付けてもらっています。そうすることで「拍頭」にきちんと入るのを容易に演奏者に意識してもらう事が出来ます。また、装飾音符との違いをサウンド的にも表現しやすいのです。そして、そのフレーズに伸ばしの音((A)の4小節目4拍目のCla.等)のある場合にはすぐ音量を落としてもらう形で統一しています。しかし、この(L)ではそういった操作によるバランスをとる必要はなく、全体的に最大音量で演奏した方が到達感が出るだろう…と考えたのですがそれほど効果が上がることはないようです。あまり特別に意識せず。(A)の3小節目や(D)との整合を図るほうがよさそうです。
5小節目の3拍目に入る際に間をあける演奏も見られるようですが僕は避けます。できるだけインテンポで低音部に入ってもらったほうが急激なブレーキによるエネルギーが表現できると思います。
6小節目からは低音のアクセントと高音のアクセントの対比が2拍子のAnimato感を強調してくれるかとも思ったのですが演奏的な操作をしてもそれほど効果は得られないように今のところ思っています。それよりもコラール的な素材の非減衰音や音程、バランスを整えるほうが演奏効果は高いように思えます。
7小節目最後の3連符を遅くすると8小節目からを意味無く速くせねばならず、不必要なテンポ変化を繰り返すことになりかねないので僕は避けるようにしています。それよりも7小節目の3連符を十分保った音で、続く8小節目からの3連符はマルカートで奏することでヴォリューム変化の面白さに特化して表現しています。

(M)
(E)でもよく起きるのですが、2拍目からの重厚な音は激しい減衰音は避けねばならないのに、その直前の音形の影響でついぶつけるように演奏してしまいがちです。注意して発音するとこれまた効果絶大。3小節目の減衰音はかなり保ち気味にしてもらっています。僕がここで少しテンポを引っ張るのでその為の調整です。それ以外この部分で特筆すべき変化はありません。
最後のFl. Cla.1 の上行形は最後の音の処理と音程がキメ手でしょうね。僕は最後の音を目的地とせず、最後の小節の頭を到達点に感じてcresc.とpoco rit.をしてもらっています。その最終小節の頭でPic.solo とアンサンブルする感覚が、思いのほかうまくいくようです。
最後のソロは…あまりこねくり回さずに奏者の感性に任せたいところ。でも、僕の想像を超えた演奏を聴いて感銘を受けたので、少しアドバイス(?)をすることはあります。
どんな演奏かって?それはヒミツ。

長々書いてきましたが、これにてとりあえず終了です。
アナリーゼと解釈はあくまで僕の視点です。
その中にはもちろん「僕が思い、信じ、確信している普遍的な表現の常識」も含まれています。
しかし、それすらも“好み”や“受け取り方”で変化してしまうでしょうから、あくまでも参考です。
良い曲は「課題曲」という足枷からは解放されるべきで、来年も再来年も、時々はこの曲が演奏されるといいな、と思います。

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マッサージチェア

先日福島を訪れた際、マッサージチェアなるものを久々に体験しました。
そして驚き!の連続!
数年前とは格段の進歩を遂げていますね。

Epma70k_425611_2

次の衝動買いはこれに決定!
と思ったのですが、総重量80Kg超、値段もかなりお高く、置く場所も難しい…
でもいいなぁ、これ…
買っちゃおうかなぁ…

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一つの演奏会

また一つの演奏会が終わりました。
前日のリハーサルでは、それはもう、どうなる事かと、心配やら焦るやら…
でも、当日なんとかしちゃうところがこの楽団の面白いところであり、改善ポイントでもあり。

「一度くらい準備万端整った、何の心配もない状態で演奏会をやってみたいね」
なんてよく話すけれど、それはプロだって難しいこと。
でも、次はもうちょっと早くからこの状態にたどり着きたいものです。

年間、いくつも演奏会をこなすからいちいちあまり覚えていないのでは?
一つ一つの演奏会が薄くなったりしませんか?
と言われそうですが、そんなことは絶対にあり得ません。
どのステージも、「今日が最後でもいいように全力を尽くす」のが信条です。

当日はいろんなことが起きます。
僕の好きな言葉の一つ、
「悲観的に準備して、楽観的に対処する」
つまり、いろんな事件や失敗も想定してできるだけ万全の準備を心がけて、それでも起きてしまう当日の事件や失敗には嘆かず怒らず、お気楽に最善を尽くす、と言う事です。
そういった意味では、昨日のオーケストラはとても優秀。

なかなかリハーサルに火が付かず、演奏会直前に一気に仕上がるオケ、コツコツと積み上げてじっくりと仕上げるオケ、表面上はなかなか積み上がっていくように見えないものの水面下では着実に力を蓄えて直前&当日に爆発的なパワーを見せるオケ、等々カラーは様々。
いずれにせよ本番は一度きり。
悔いを残さないためには、或いは達成感や満足を得るためには、いかに思いのこもった積み重ねができるかに尽きると思います。

それにしても、楽屋を訪ねて下さるお客様にはいつも感謝です。
時間がなくてつい失礼してしまったり結局お会いできなかったり、と言うことも多々あるのです…
懐かしい顔もありよく顔を合わせる音楽仲間もあり、今日の演奏、他の音楽の話、話題も尽きずいつまでも話したい気持ちはいっぱいなのですが。
どうかそれでも遠慮なく楽屋を訪ねて下さいね。
先日の演奏会では開演の5分前(まだ僕は着替えてもいないのに…)まで話に盛り上がってしまった作曲家の友人もいるのですから…

さて、次はどんな音楽に会えるのでしょう?
一休みする暇もなく、幸せな時間は続きます。

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2010年5月21日 (金)

迷走するサラバンド…続④

(F)
この曲を支配する音は言うまでもなくDとG
冒頭、Dmollで始まったメロディは当然4小節目でD音に帰着する…はずが半音上のEsに着地することでEs-Aの減五度を作り出しています。そしてその上方にはD音。このEs-A-Dにはもちろん「不安への予感」を感じずにはおれないわけですが、同時にEbM7(構成音Es-G-B-D)への予感も含んでいる、と言えるかもしれません。
(E)の2小節目から3小節目へのユニゾンでG音への動きを確定させ、その音を保留音として中間部(F)に入ります。

このメロディの導入の1拍。(“ピックアップ”と呼ぶこともありますが)これは単なるアウフタクトのひっかけではなく、少し強い意味があるように思います。(H)の4小節目でその理由がはっきりするわけですが、ここでも、“ただ弱~く入ってクレッシェンドする”のではちょっとつまらない。少し存在感を持ってはっきり出るように僕はしています。その理由は後で述べましょう。また、一般的にtenutoの記号(-)には弱いアクセントの意味がある、と言っても過言ではありません。作曲者は、“音を保つ”効果を期待して書く以外に、ちょっとした音の強調を意味して書くことも多いからです。
調はEsdur。G音は第3音にあたり、すぐD音に上昇します。ここでメジャーセブンスの響きが登場するわけです。現代的な響きに見られがちですが、古典的な曲にも至極当然のように現れる文字通りメージャーな和音です。フレーズの中に、サラバンドのメロディを強調する弱いアクセント(<>)もあります。冒頭のT.Sax.と同じフレーズなのにそちらにはアクセントはなく、こちらにはある。そこをどう整合を取るか、またはまったく無視して構成するのか。僕はどちらもフレーズ内のアクセントをつけてもらっています。しかし、もっと重要なのはこの4小節の歌い方。その全体の構成を邪魔しないように、あくまで全体のespress.が活きるスパイスを効かせています。
この4小節×2はまったく同じ構成です。ただ、4小節目では主和音(Es)の第5音を経過的に半音上のH音で鳴らし、8小節目では本位音のB音に落ち着いています。当然4小節目には不安定な終止感が漂い、8小節目では完全に終止するわけですが、特にそれ自体を強調せずにも十分効果は現れます。それよりもっと重要なのは歌い方。この4小節の頂点はどこか。それは間違いなく2小節目(6小節目)です。この小節の和音はAbm6/Eb(。IV6)、つまりとても強いのです。ここを頂点にしてcresc.&dim.をするのが正しい歌い方。しかしベースはEsの保留音。ですからやり過ぎは禁物。あくまでベースのEs音に乗った安定感の中での抑揚。もちろんベースに抑揚は付けません。Eup.とFag.の2回の抑揚も当然1回のcresc.&dim.の中での話です。要するに初めのcresc.&dim.は大きめに、次のは小さく、となります。
4小節目から5小節目へのメロディのG音の保留は(F)の導入と同じに演奏しています。

(G)
初めの4小節間は印象の薄い経過句としてとらえてストイックに演奏しています。ただ、コードの展開に合わせて、初めの2小節より続く2小節のほうの音量を落とすようにしています。そうすることで5小節目からのストレットの効果が上がります。
5小節目から(H)まではこの曲の中でもとても印象の強い部分です。『(H)の5,6小節目(6拍)<7,8小節(6拍)<9小節(3拍)<10小節(3拍)<2拍<2拍<2拍』という形でストレットがかかっていきます。11,12小節に関して『2拍<2拍<2拍』のヘミオラ的な印象を受けるのは実はメロディラインのみで、和声的にも他の声部のフレーズ的にも必ずしも強調する必要はないのかもしれません。が、流れとしては僕はその伝統的な形を踏襲します。
(H)の5,6小節目<7,8小節、と音量を上げていくに際して、全ての声部を同時にcresc.していくのではなく、僕は特徴付けて(ずらして)うねりの効果を出しています。すなわち、Clarinet群は5小節目でcresc.せず6小節目で、Fl. Ob. Cl.3. A.Cl. も7小節目ではせず8小節目で、それぞれcresc.してもらっています。これはデフォルメ、と言えるかもしれません。前出の。『(H)の5,6小節目(6拍)<7,8小節(6拍)<9小節(3拍)<10小節(3拍)<2拍<2拍<2拍』にそって全体をcresc.していきますが、低音は厳密に上記の音量関係を保ちます。文章では伝えにくいのですが音楽的な効果は抜群です。
ストレットに伴いテンポも自然に上がります。その上がったテンポを(H)直前に元に戻します。「(H)の前は遅くするのか?」の問いに対してははっきり「NO」です。しかし、自然な流れでストレットがかかれば元の位置に戻るために少し遅くなるでしょう。あくまで自然なアゴーギクにこだわるのです。無意味なrit.(のみ)は絶対にしません。

(H)
(F)と同じ構造ですが今度はベース音も変わります。しかし、曲の構成上抑揚を全体として付けることはしません。このセクションは基本的にはサウンドのエクスタシーが欲しいのです。dim.がいくつか出てきますが、あくまでf(フォルテ)の印象の中でのものに抑えるように(落ち過ぎないように)しています。Trp. Hrn.はmolto legatoで演奏してもらっています。3連符の入りがどうしても遅れて16分音符のようになってしまうのを徹底的に補正しています。
もちろんespress.を感じますが、あまりに強調する(cresc.&dim.をやり過ぎる)と全体の中でのクライマックス感を損ねてしまうのでほどほどに。もちろん頂点は2小節目(6小節目)です。しつこいようですが頂点の後すぐdim.しようものならあっという間に(H)全体としての印象は薄れてしまいますからもう少し保ちます。メロディラインの2小節目(6小節目)にあるcresc.はその為のもので音楽的な頂点が3小節目(7小節目)にあることを示すものではありません。
ところで、4小節目の3拍目、メロディの先入のG音。これはわざわざf(フォルテ)記号が再び記されていることからも、このセクションの最大音で(cresc.ではなく)入ることが望まれています。この音楽観は、例えばベートーヴェンの交響曲第9番の4楽章、ソリスト4人が歌うあの有名なメロディを聴きながら285小節目での入りを待つ合唱隊(&低弦)が、待ちきれないように半拍早く「Ja!(そうだ!)」と叫んで歌い出すような、あの感じです。この手法、何と呼ぶのかは分からないけれどその後もいろんな作曲家が使っている手です。(僕も時々使いますが)ここを乱暴にならずに深みのある音色で出るように練習するのは大変ですが…

(I)
王道を行くrallentandoをかけます。ただし、高音木管の入りはpp(ピアニッシモ)にしています。4小節目の入りには多少のけれん味をつけて強調しますが5小節目は全く引っ掛かりなくスムースにあっけなく抜けます。5小節目が4分音符のパートは取ってつけたような4分音符にならぬように4小節目からの4拍のdim.をかなり意識しています。そこから(J)までの3小節間は「へんなタメやストレスも、フェルマータもなく自然すぎるくらい自然に(J)に入る」という以外には何の指示も出していません。指揮棒でのコントロールもしません。(J)に入る他のパートへの引き継ぎをするだけです。

やっと後半…につづく…

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2010年5月19日 (水)

不思議な青い傘

これは小野リサが歌う、ボサノヴァの曲名。

高校生の頃バイトしていた喫茶店ではユーミンとオフコースと加山雄三と高中正義だけが毎日かかっていた。
当然、結構好きになっちゃうわけで。

大学生の頃にバイトしていたバーではJAZZオンリー。
もちろん好きになっちゃう。
実家にもJAZZのレコードは様々100枚以上ある。
一時期、特にハマったのが“BOSSANOVA”

アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト、アストラッド・ジルベルト、小野リサ…等々。
そりゃもう、聴きに聴いた。

今日は雨ふり。
楽譜読みと書きに疲れて、ちょっと息抜きにピアノでボサノヴァを。
ふと外を見やると青い傘が門で揺れている。(うちは2Fのピアノの横の窓からアプローチが見えるのです)
綺麗なスカイブルーの傘。

お客さんかな?と思いつつ手を休めると青い傘が、ふ、と上がって髪の長い女性がこちらを見た。
目があった気がしてあわてて曲の続きを弾いて、そっともう一度見るとそこにはもう誰の影もなし。

「?」
と思いつつもそのままショパンやらベートーヴェンやらドビュッシーを1時間ほど弾いて、また一休みにボサノヴァを。
なにを弾こう?…あ、小野リサのアノ曲。
弾こうとして、気配を感じ外を見るとまた、青い傘。
今度は手を休めずに見ているとまた傘のふちが上がって、長い髪が揺れるのが見えた。
なんとなく目が合うのを避けて視線をそらしピアノを弾き続け、そっとそちらを見るとまたそこには人影なし。

僕がいるのはわかっているだろうしインターフォンも壊れていない。
何かの勧誘?
それとも・・・?

兎にも角にも、
「不思議な青い傘」
なのでした。

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2010年5月18日 (火)

旅が人生、人生が旅

月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり

ご存じ「奥の細道」の冒頭。
松尾芭蕉は47歳にして奥の細道の旅に出た(人生50歳の時代の事だから年齢の感覚は今とは違うだろうけれど)
この冒頭の句が、あちこち旅をしているとよく胸に浮かぶ。

考えてみると多くの人とは逆の道を行くことが多い気がする。
天邪鬼ではないけれどそんな旅が僕は好きだ。

世間でゴールデンウィークと呼ばれる期間の前半は東京-神奈川-福島を行き来のリハに明け暮れ、想いの詰まった演奏会の後は山梨へ。
後半は福島-盛岡-神奈川、と結局落ち着いていろいろ考える暇はなかった。
明日の音楽の事を考えるだけで精いっぱい。
それは、とっても幸せなこと。

旅先での楽しみのひとつは「食」
最近はなんだかなに食べても美味しくって(いつもの事だけれど)
20100507213436 福島では、先日ステーキをおなかいっぱい食べてヒドイ目にあったので、最近よく食べるのは「うどん」
もともとそんなにうどんは好きじゃなかったんだけれど、結構美味しいものですね!
本場の讃岐うどんは食したことがないんだけれど、興味津津。

20100510165641 ゴールデンウィーク翌週はちょいと箱根に寄り道してイタリアン。
ランチだったけれど今度はがっつり食べに来たい。
翌日はかねてからの約束をようやく果たし、友人を僕の懇意にしているフレンチのお店へ招待。
ちょっと体調を崩しかけていたのにありえないほどの美食!
このツケは後でドカンと来るのです。

その後の移動は一日に新幹線に4回乗るようなタイトスケジュールが続く。
足を痛めていたのでキツかった…大好きだった新幹線内の駅弁も封印したし。
福島での本番の後、打ち上げで久々に食べてはまっちゃったのが
20100516223720 ハニーキャラメルトースト&バニラアイス
いやー、これは「毒」に分類されるでしょう。
10皿でもいける。

20100517115638 そばっ喰いの僕。
美味い蕎麦屋がある、と聞いたら予定をずらしてでも行かねばなるまい。
ガイドブックはおろか電話帳にも載っていない。
看板など出ておらず、ちいさな提灯が出ているのみ。
10割の会津そば。
天ぷらは自家製と山で採れた山菜。

いや~美味かった!
でも、今度来るときは天ぷらなしで3枚食べよう!

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一夜だけの銀河鉄道。。。

5月2日、銀河鉄道が再び走りました。

ミュージカルだった本編から吹奏楽との上演形式に姿を変えての発車です。
今回も関わったすべての人々の友情がなければ絶対にできなかった!
その友情や信頼からの協力を当然の義務だと勘違いした人がいたのは悲しいことだけれど、それでもいやな顔一つせずに無償の愛情を注いでくれた全ての人々に感謝です。

バンドパワーにレヴューがありましたので是非見てみてください!
http://bandpower.net/soundpark/04_gurushin/54.htm

10年付き合ったこの楽団ともこれが最後の共演でした。
団員のほとんどみんなから留意を頂きつつ、それでもやめていくのは僕自身もとても辛く、そして腹立たしいことでもあります。
しかしその想いを深く封印してリハを積んできました。
その想いの一片でいいから言葉にしてみんなに伝えたい!と思って臨んだ本番当日でした。
そして、きっとおセンチな気持ちになるんだろうな…と思っていました。
が…、

本番のギリギリまで、少しでも良い演奏の為にできることをする。
僕のリハはギリギリまで全力です。
リハ中も、リハ後も、結局音楽以外の事は欠片も思い出しませんでした。
本番の最中も、そして最後の曲を演奏している最中もまったく「この日が最後だ」なんて想いが入る余地は僕の心にはありませんでした。

結局僕はいつでも音楽馬鹿で、音楽やってるときは音楽以外の事はまるっと抜けちゃうんだなぁ。
と、それ自体が嬉しくて、この舞台がみんなと踏めたことが嬉しくて、ここまでこれたことが嬉しくて、そんな素敵な本番でした。
そして、またすぐ一緒にできるような、不思議な感覚でもありました。

吹奏楽とナレーションの曲は結構世にあります。
もちろん合唱付きもあります。
考えてみると、この「語って歌って演じて奏される」曲は他にあまり思いつきません。
オケではオラトリオや上演形式のオペラなどがあります。
が、僕が目指したのはおそらくはストラヴィンスキーの兵士の物語。
残念ながらそこまでの携帯性はありませんが、一般のアマチュアの方々でも挑戦できる作品だと思っています。

それにしても、みんなと一緒に同じ列車に乗れて、こんなに嬉しいことはない。
たった一度だけ再び動いた銀河鉄道だけれど、きっとまた動きだします。
そのときにどんな顔をして再び相見えるのでしょう。
きっとみんなも僕も今とは変っていて、それが楽しみでもあり、寂しくもあるんだけれど。

また会える日まで、しばし違う列車に揺られましょう。

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