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2010年5月24日 (月)

迷走するサラバンド…続⑤

「どうやって振ってるのか詳しく教えてくださ~い」との質問も頂きますが…さすがにそれをここで書くのは難しい(というかメンドくさい)ので、ヒントが欲しい方は直接どうぞ!

(J)
3小節前からの流れを淀ませることなく入るのを目標にしています。「テンポの変化なし」と言う意味ではありません。(J)を予感させずに(J)に入りたいだけなのでフレーズ的処理はもちろんあります。つまりはこの曲の冒頭の4小節目に入るのと近いニュアンスです。指揮は(J)1小節前の3拍目ウラは流れに任せ、その流れをつかむプレパレーションで次の音楽の指示を出します。
さて、作曲者はこの(J)に「混乱と発展」というイメージを与えています。曲は4小節間(2小節×2)のためらう様なフレーズはあるものの、総合的には不可逆的に発展し続けます。和声から見ても当然sempre cresc.なのですが、僕はこのセクションには立体的な混乱を与えています。細かく記してあるcresc.の指示をしつこく強調するのです。一直線の全体的cresc.(グランドクレッシェンド、と言ったりもします)を表現するためには通常はcresc.の度に音量を戻し(落とし)たりはしません。しかしここではcresc.の度にまたわずかに音量を戻して、何度も交錯するcresc.を見せるのです。当然、音量、フレーズ、和声、音色等々、様々なものが交錯します。激しいcresc.の応酬です。ふつふつ湧いては消える泡宇宙のように、そして徐々に泡の数も大きさも増えていきます。部分的にはかなりの音量に達しますが、部分的最大音量を同時に奏する場面は(K)に入るまで一度もないので、思ったよりも絶対的迫力は出ません。「こんなにでっかく吹いてるのに?」、その歯がゆい混乱が狙いです。テンポが上がりたくなるのもぐっとこらえて全体の色彩に心を配ります。

(K)
統一的ブレイクの後場面は一転します。僕はここを直線的に仕上げるために前セクション(J-K)を錯綜するように強調したのです。cresc.したら次の吹き出しはその音量です。すなわちdim.はただの一度も見せません。(3小節目のdim.も必要のないようにコントロールします)アタックも少し固めにしてもらい、Risolutoで(L)へと進んでいく運命を浮き彫りにします。全体として一つのcresc.ですから5小節目に到達してもまだmf(メッツォフォルテ)です。かなりストイックにならなければいけない、難しい部分です。(J)のほうがむしろ短絡的にやりやすいので、楽なのかもしれません。

(L)
全体を通じてスラーの16分音符+付点8分音符のフレーズ((A)の3小節目のCla.等)には頭にtenutoを付けてもらっています。そうすることで「拍頭」にきちんと入るのを容易に演奏者に意識してもらう事が出来ます。また、装飾音符との違いをサウンド的にも表現しやすいのです。そして、そのフレーズに伸ばしの音((A)の4小節目4拍目のCla.等)のある場合にはすぐ音量を落としてもらう形で統一しています。しかし、この(L)ではそういった操作によるバランスをとる必要はなく、全体的に最大音量で演奏した方が到達感が出るだろう…と考えたのですがそれほど効果が上がることはないようです。あまり特別に意識せず。(A)の3小節目や(D)との整合を図るほうがよさそうです。
5小節目の3拍目に入る際に間をあける演奏も見られるようですが僕は避けます。できるだけインテンポで低音部に入ってもらったほうが急激なブレーキによるエネルギーが表現できると思います。
6小節目からは低音のアクセントと高音のアクセントの対比が2拍子のAnimato感を強調してくれるかとも思ったのですが演奏的な操作をしてもそれほど効果は得られないように今のところ思っています。それよりもコラール的な素材の非減衰音や音程、バランスを整えるほうが演奏効果は高いように思えます。
7小節目最後の3連符を遅くすると8小節目からを意味無く速くせねばならず、不必要なテンポ変化を繰り返すことになりかねないので僕は避けるようにしています。それよりも7小節目の3連符を十分保った音で、続く8小節目からの3連符はマルカートで奏することでヴォリューム変化の面白さに特化して表現しています。

(M)
(E)でもよく起きるのですが、2拍目からの重厚な音は激しい減衰音は避けねばならないのに、その直前の音形の影響でついぶつけるように演奏してしまいがちです。注意して発音するとこれまた効果絶大。3小節目の減衰音はかなり保ち気味にしてもらっています。僕がここで少しテンポを引っ張るのでその為の調整です。それ以外この部分で特筆すべき変化はありません。
最後のFl. Cla.1 の上行形は最後の音の処理と音程がキメ手でしょうね。僕は最後の音を目的地とせず、最後の小節の頭を到達点に感じてcresc.とpoco rit.をしてもらっています。その最終小節の頭でPic.solo とアンサンブルする感覚が、思いのほかうまくいくようです。
最後のソロは…あまりこねくり回さずに奏者の感性に任せたいところ。でも、僕の想像を超えた演奏を聴いて感銘を受けたので、少しアドバイス(?)をすることはあります。
どんな演奏かって?それはヒミツ。

長々書いてきましたが、これにてとりあえず終了です。
アナリーゼと解釈はあくまで僕の視点です。
その中にはもちろん「僕が思い、信じ、確信している普遍的な表現の常識」も含まれています。
しかし、それすらも“好み”や“受け取り方”で変化してしまうでしょうから、あくまでも参考です。
良い曲は「課題曲」という足枷からは解放されるべきで、来年も再来年も、時々はこの曲が演奏されるといいな、と思います。

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