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2010年5月21日 (金)

迷走するサラバンド…続④

(F)
この曲を支配する音は言うまでもなくDとG
冒頭、Dmollで始まったメロディは当然4小節目でD音に帰着する…はずが半音上のEsに着地することでEs-Aの減五度を作り出しています。そしてその上方にはD音。このEs-A-Dにはもちろん「不安への予感」を感じずにはおれないわけですが、同時にEbM7(構成音Es-G-B-D)への予感も含んでいる、と言えるかもしれません。
(E)の2小節目から3小節目へのユニゾンでG音への動きを確定させ、その音を保留音として中間部(F)に入ります。

このメロディの導入の1拍。(“ピックアップ”と呼ぶこともありますが)これは単なるアウフタクトのひっかけではなく、少し強い意味があるように思います。(H)の4小節目でその理由がはっきりするわけですが、ここでも、“ただ弱~く入ってクレッシェンドする”のではちょっとつまらない。少し存在感を持ってはっきり出るように僕はしています。その理由は後で述べましょう。また、一般的にtenutoの記号(-)には弱いアクセントの意味がある、と言っても過言ではありません。作曲者は、“音を保つ”効果を期待して書く以外に、ちょっとした音の強調を意味して書くことも多いからです。
調はEsdur。G音は第3音にあたり、すぐD音に上昇します。ここでメジャーセブンスの響きが登場するわけです。現代的な響きに見られがちですが、古典的な曲にも至極当然のように現れる文字通りメージャーな和音です。フレーズの中に、サラバンドのメロディを強調する弱いアクセント(<>)もあります。冒頭のT.Sax.と同じフレーズなのにそちらにはアクセントはなく、こちらにはある。そこをどう整合を取るか、またはまったく無視して構成するのか。僕はどちらもフレーズ内のアクセントをつけてもらっています。しかし、もっと重要なのはこの4小節の歌い方。その全体の構成を邪魔しないように、あくまで全体のespress.が活きるスパイスを効かせています。
この4小節×2はまったく同じ構成です。ただ、4小節目では主和音(Es)の第5音を経過的に半音上のH音で鳴らし、8小節目では本位音のB音に落ち着いています。当然4小節目には不安定な終止感が漂い、8小節目では完全に終止するわけですが、特にそれ自体を強調せずにも十分効果は現れます。それよりもっと重要なのは歌い方。この4小節の頂点はどこか。それは間違いなく2小節目(6小節目)です。この小節の和音はAbm6/Eb(。IV6)、つまりとても強いのです。ここを頂点にしてcresc.&dim.をするのが正しい歌い方。しかしベースはEsの保留音。ですからやり過ぎは禁物。あくまでベースのEs音に乗った安定感の中での抑揚。もちろんベースに抑揚は付けません。Eup.とFag.の2回の抑揚も当然1回のcresc.&dim.の中での話です。要するに初めのcresc.&dim.は大きめに、次のは小さく、となります。
4小節目から5小節目へのメロディのG音の保留は(F)の導入と同じに演奏しています。

(G)
初めの4小節間は印象の薄い経過句としてとらえてストイックに演奏しています。ただ、コードの展開に合わせて、初めの2小節より続く2小節のほうの音量を落とすようにしています。そうすることで5小節目からのストレットの効果が上がります。
5小節目から(H)まではこの曲の中でもとても印象の強い部分です。『(H)の5,6小節目(6拍)<7,8小節(6拍)<9小節(3拍)<10小節(3拍)<2拍<2拍<2拍』という形でストレットがかかっていきます。11,12小節に関して『2拍<2拍<2拍』のヘミオラ的な印象を受けるのは実はメロディラインのみで、和声的にも他の声部のフレーズ的にも必ずしも強調する必要はないのかもしれません。が、流れとしては僕はその伝統的な形を踏襲します。
(H)の5,6小節目<7,8小節、と音量を上げていくに際して、全ての声部を同時にcresc.していくのではなく、僕は特徴付けて(ずらして)うねりの効果を出しています。すなわち、Clarinet群は5小節目でcresc.せず6小節目で、Fl. Ob. Cl.3. A.Cl. も7小節目ではせず8小節目で、それぞれcresc.してもらっています。これはデフォルメ、と言えるかもしれません。前出の。『(H)の5,6小節目(6拍)<7,8小節(6拍)<9小節(3拍)<10小節(3拍)<2拍<2拍<2拍』にそって全体をcresc.していきますが、低音は厳密に上記の音量関係を保ちます。文章では伝えにくいのですが音楽的な効果は抜群です。
ストレットに伴いテンポも自然に上がります。その上がったテンポを(H)直前に元に戻します。「(H)の前は遅くするのか?」の問いに対してははっきり「NO」です。しかし、自然な流れでストレットがかかれば元の位置に戻るために少し遅くなるでしょう。あくまで自然なアゴーギクにこだわるのです。無意味なrit.(のみ)は絶対にしません。

(H)
(F)と同じ構造ですが今度はベース音も変わります。しかし、曲の構成上抑揚を全体として付けることはしません。このセクションは基本的にはサウンドのエクスタシーが欲しいのです。dim.がいくつか出てきますが、あくまでf(フォルテ)の印象の中でのものに抑えるように(落ち過ぎないように)しています。Trp. Hrn.はmolto legatoで演奏してもらっています。3連符の入りがどうしても遅れて16分音符のようになってしまうのを徹底的に補正しています。
もちろんespress.を感じますが、あまりに強調する(cresc.&dim.をやり過ぎる)と全体の中でのクライマックス感を損ねてしまうのでほどほどに。もちろん頂点は2小節目(6小節目)です。しつこいようですが頂点の後すぐdim.しようものならあっという間に(H)全体としての印象は薄れてしまいますからもう少し保ちます。メロディラインの2小節目(6小節目)にあるcresc.はその為のもので音楽的な頂点が3小節目(7小節目)にあることを示すものではありません。
ところで、4小節目の3拍目、メロディの先入のG音。これはわざわざf(フォルテ)記号が再び記されていることからも、このセクションの最大音で(cresc.ではなく)入ることが望まれています。この音楽観は、例えばベートーヴェンの交響曲第9番の4楽章、ソリスト4人が歌うあの有名なメロディを聴きながら285小節目での入りを待つ合唱隊(&低弦)が、待ちきれないように半拍早く「Ja!(そうだ!)」と叫んで歌い出すような、あの感じです。この手法、何と呼ぶのかは分からないけれどその後もいろんな作曲家が使っている手です。(僕も時々使いますが)ここを乱暴にならずに深みのある音色で出るように練習するのは大変ですが…

(I)
王道を行くrallentandoをかけます。ただし、高音木管の入りはpp(ピアニッシモ)にしています。4小節目の入りには多少のけれん味をつけて強調しますが5小節目は全く引っ掛かりなくスムースにあっけなく抜けます。5小節目が4分音符のパートは取ってつけたような4分音符にならぬように4小節目からの4拍のdim.をかなり意識しています。そこから(J)までの3小節間は「へんなタメやストレスも、フェルマータもなく自然すぎるくらい自然に(J)に入る」という以外には何の指示も出していません。指揮棒でのコントロールもしません。(J)に入る他のパートへの引き継ぎをするだけです。

やっと後半…につづく…

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