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ノルウェイの森

何度この作品を読んだかわからない。
ワタナベがギャツビーを読むほどには執心していないにせよ。
そして、12年前の自分と再会した。

この作品と共に思い出されるのは、大きな失恋。
そして、いくつかのキーワードの共通点が、生々しくあの頃の自分を蘇らせた。
茗荷谷、自殺、京都の森と西への逃避行、一致する数々の固有名詞、そして厭世と自己嫌悪とコンプレックス。

はっきり覚えているのは初めて読んだ時の衝撃と、大きな失恋の時に読んだ抉るような痛みと辛さ。
現実の喪失感と深い傷が、記憶の底からこの世に呼び戻された感じ。

いつか、それこそ一つの長編物語にして綴りたいことの数々。
新しい経験と記憶の片隅に追いやられて、色褪せて風化してしまったと思っていたけれど、そんなことはつゆもなかった。
今ここでそれを語ることはできないけれど。

物語の冒頭で現在のワタナベが語る心情は、当時は多分ほとんど実感できていなかったと思う。
それを現在のニシムラはかなり理解できる。
代わりに、「ワタナベの昔語りを現在進行形で共感していたニシムラ」は姿を消し、「昔語り的に傍観しているニシムラ」になっていた。
これって、結構淋しく悲しいことだと思う。

生々しく目の前に現れた過去の自分は、やはり「過去の自分」でしかなかった。
痛みは過去のものでしかないにせよ、それでもその傷跡はやはり血を吹いていた。

文章は何年経とうとも生気を失っておらず、そして読みやすかった。
細かい描写や情景が心にはっきりと浮かぶ。
以前読んだ時の僕は果たしてこんな風に読めていただろうか?
そういう意味では、僕も少しは成長してこれたのかもしれない。
情景が明確な分、気のせいか少し色が褪せて感じるのだけれど。

昔よりも僕はこの作品に衝撃も覚えず、そして好感度もあがった気がする。

でもそれはむしろ、
少し寂しいことなのだ。

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コメント

私は・・・、

19歳や20歳の頃のニシムラくんに出会って、
色んな事を話して、喧嘩をしてみたかったです。
(緑ちゃんみたくね)

そうして、今、過去の大切な恋をひたすらに思い返しているニシムラくんを少し憎らしく思ったりしているのです。

投稿: Anton | 2010年12月 5日 (日) 01時19分

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