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2011年3月

2011年3月29日 (火)

ひとりごと

ごめんなさい、
僕の古い知識と最近の知識とを整理しつつ書いた、ただの覚書です。
読むと…疲れるよ。

・僕の古い知識では最重安定同位体はビスマス(209)だった。
実は2003年にビスマスには放射性同位体しか存在しないことが分かったのだと言う。
知らなかった!
ビスマスの半減期は2000京年ぐらい…
…2000×10の16乗年…
というわけで鉛(208)が最重安定同位体となる。
ちなみに最安定原子核はニッケル(62)

・ところで、光は電磁波である。
電磁波とは空間そのものがエネルギーを持って振動する「波(波動)」である。
量子力学からすれば「光子」という形に量子化して扱われる。
物理学の立場から見るととても不思議なのだが、真空を伝わるエネルギー(伝搬物質(エーテル論とか)が見つかればまた大きく理論体系が変わるだろうが)の説明には僕のような素人には一定の理解に到達できる。

電波や光も電磁波。
そしてX線やガンマ線も電磁波の一つ。
というか、周波数によって呼び名が変わるだけ。
しかし、X線やガンマ線は「放射線」として扱われる。
それはエネルギーの伝搬結果として電離作用があるからである。
(紫外線にも電離作用があるが放射線としては扱われない)

電離作用があると何が起こるか。
とりあえず、人体について言えるのは、とっても有害であるということ。
細胞の遺伝子情報を破壊するのがとても怖い。
2重螺旋の片方だけなら自己修復もコピーもできるが、双方の破壊となれば死滅以外の道はない。
或いは異常化して癌や新生物として特異なふるまいをする。

簡単にいえば、ガンマ線は原子核に残るエネルギーの放出と言える。
電子と陽子が対で消滅すればエネルギーとしてのガンマ線が発生する。
X線よりガンマ線のほうがおおむねエネルギーが強いとされているが、エネルギーの高いX線ももちろん存在する。
高エネルギーX線は粒子のような振る舞いも見せる。
X線は原子の電子軌道上の電子を移動させることで発生する。

・波(電磁波)であるX線、ガンマ線に対して、粒子である放射線にはアルファ線、ベータ線、中性子線、等がある。

アルファ線は原子核の崩壊で発生する。(アルファ崩壊)
陽子2つと中性子2つが元の原子核から飛び出す。
言い換えれば「核分裂」の一種である。
原子核は正の電化を持つ陽子と電荷を持たない中性子によって原子核としてとどまっている。(核力)
その核力(強い力)を凌駕するエネルギーで飛び出すのではない。
「じゃあなんで飛び出す(崩壊する)の?」
それは本来の元素とは中性子の数が違う同位体元素であることが多いから。
より安定な原子になるべく崩壊する、と考えられる。
「エネルギーが核力を越えないのにどうやって?」
確率により発生するトンネル効果による。
この、エネルギーのトンネル効果。
身近に一杯あるのに、実は僕にはよくわからない…

陽子2つと中性子2つ、という事はヘリウムの原子核と同じ。
これがアルファ線の正体、アルファ粒子である。
粒子が大きいので透過力は弱い。
紙1枚でも遮蔽できる。
という事は…
体の中に入ると、細胞を透過せずに近くの組織に影響を与え続けることになる。
当然発癌や細胞異常・死滅のリスクはどんどん高まる。

・放射線を出す元素を放射性元素という。
放射性元素は放射線を出しながら変化をしていく。
アルファ崩壊では、陽子2つと中性子2つが飛び出すので当然違う原子へと変化する。
すなわち原子番号が二つ減った別の元素になるのだ。

例えばウラン238(原子番号92)はトリウム234(原子番号90)になる。
ちなみにトリウム234は「ベータ崩壊」を経てプロトアクチニウム234(原子番号91)になる。
さらにプロトアクチニウムがベータ崩壊をするとウラン234(原子番号92)になり、アルファ崩壊でトリウム230になり、アルファ崩壊でラジウム230になる。
こんな具合に崩壊は安定するまで続く。

・ベータ崩壊とは放射性元素がベータ線を出しながら変化していくことである。
アルファ崩壊とは違い、中性子が陽子(ベータ(-)崩壊)に、或いは陽子が中性子に(ベータ(+)崩壊)変化する。(他のベータ崩壊は割愛)
中性子が陽子になれば原子核に陽子が一つ増える。
つまり原子番号が一つ上がることになる。
上記の例でいえば、プロトアクチニウム234(原子番号91)がベータ(-)崩壊してウラン234(原子記号92)になる、という具合。

ベータ線の正体は電子か陽電子からなる、いわゆるベータ粒子。
アルファ線よりも透過力は強いがやはり物質(原子)にあてることで遮蔽できる。
その際X線が発生するのでX線の遮蔽も考慮しなければならない。

・もう一つの重要な放射線は中性子線。
透過率は非常に高い。
衣服や様々な遮蔽物も他の放射線よりも通過する。
つまりは人体に対する影響も大きい。
中性子の数の不安定な同位体元素から単に中性子を放出する中性子崩壊もあるが、他の崩壊や核分裂等での発生のほうが高速、多量になることが多い。
他の元素(原子核)に取り込まれることによってその物質が放射性同位体元素へと移行する。
つまり、放射能を持つ元素が作られる。
そこから半減期の極端に短い同位体も作られるが、半減期も長く、人間の生活への影響も強い放射性元素もたくさん作られる。

・核分裂は原子核に中性子をぶつけて、その原子核を不安定にさせて崩壊させる。
その際に他の元素へと変化すると同時に中性子を2~3個放出する。
それが次の元素にあたって核分裂が続くのである。
原子炉で行われているのはこの「核分裂」
核分裂と中性子線放射によって作られる様々な生成物質。
その多くは放射性同位体の元素。
ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウム、キセノン、その他諸々…

・放射性元素は放射線を放射する。
崩壊(または核分裂)を繰り返しながらより安定した状態を目指す。
初めの物質から放射能が半分になるまでの期間を「半減期」、という。
ウラン238は45億年が半減期である。
45億年で半分!90億年で4分の1、全てが鉛に変わって安定するまではいったいどのくらいの時間が…

・「このぐらいの放射線量だったら安全」、「この値を越えると危険」とか言うのはとても不条理。
少しでも増えれば当然、リスクは上がるのだ。
「20年前の東京はもっと放射線量が大きかった」などと言われてもなんの慰めにもならない。
少なければ少ないほどよいのだから。
「少量の放射能は生物の活性化に良い効果をもたらす」という説もある。
よしんばそうだとしても、リスクの増加のほうが問題だ。
「殺菌、治療、検査、その他平和利用だってできる」それもその通りだと思う。
しかし、原子力発電で発生する放射能への危険性とは比べ物にならない。
「年間許容量に対して○○倍」「1回のレントゲン撮影の○○分の1」などと言われても、放射線量が増加していることへの打ち消しにはなり得ない。
「通常の○○倍」であることの報道のほうがよっぽど真摯に向き合っているように思える。

政府も東電も原子力保安院も委員会も、人ごとみたいに言ってないで何とかしてよ!
いつもヒドイ目に会うのは多くを知らされない労働者の人たちばかりで…

JCOの東海村での臨界事故の本をいくつか読んだ。
ショッキングな内容の本もあったが…
特にNHKの取材班が記録した、「被曝治療83日間の記録」は強烈だった。

事故は起きる。
科学の進歩にも技術の進歩にも事故はある程度つきものなのかもしれない。
でも、原子力の問題はちょっと違う。
放射能の事故は取り返しがつかない。
「想定外でした…」なんて言い訳許せない。
現代の科学力では実用規模の原子力利用はまだ不可能だ。
人為的ミス、事故、事件、そのリスクの管理は事実上限界だ。

例えば、今の技術力では大陸間弾道ミサイルを100%迎撃することはできない。
それが原発に落ちたら?
技術力を上げたってそんなの追いかけっこにすぎない。

化学、物理好きの僕としては素粒子論や量子力学においても原子核の研究は必要だと思う。
放射能についての研究も。
でも、実用的平和利用にはリスクが高すぎる。
「人は失敗を重ねて成長していく生き物だ」なんて理想論が通用しないのが放射能だ、という事を認識しなくちゃ、と思う。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~kokokoko/

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2011年3月28日 (月)

どうでもいい話

ご飯を炊いたら、なんだかとっても美味しそうに炊きあがったので、おにぎりを作りたくなった。

ちょっと水多めのご飯が好き。
柔らか過ぎることもなく、崩れることもなく、もちろん固くもない。
一粒一粒がつやつやと光って、輪郭がくっきりしている。

ちょうど頂き物の美味しい梅干しがあったので使うことにした。
南高梅(なんこううめ)である。
この南高梅、「和歌山の南部高校で開発した品種だからこの名が付いた」と信じ切っていたが、正確ではないようだ。
和歌山県の「南部高校」の生徒と先生が力を注いで研究した「高田梅」の新品種、という事で付けられた名前らしい。

まあ、おにぎりはうまく作れたのだが、とりだした種の周りの果肉がなんだか美味しそうで…
つい口に含んで次のおにぎりを握っていたら、何かの拍子でつるっと飲みこんでしまった。
かなり大きな種で、喉を押し広げながら下って行くのが分かる。

人間、こんな大きな固い物、飲み込んで大丈夫なのだろうか?
おへそから芽が出る、という迷信を思い出して、ちょっと不安…

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2011年3月26日 (土)

お詫び

あしたの茅ケ崎交響楽団の演奏会は中止になりました。
一度は開催を決めたのですが、諸々鑑み中止のやむなきに至りました。
主催者、スタッフ、プレイヤーともども、苦渋の選択だったことは言うまでもありません。

楽しみにしてくださった方々には、本当に申し訳ありません…
手分けして中止の告知をしているようですが、知らずにホールまで足を運んで下さる方もいるかもしれません。
そんな方々のために、有志のプレイヤーが急遽ロビーコンサートを開こうと画策中だそうです。
本来演奏するはずだった僕の曲も、弦楽四重奏版として演奏するんだそうです。
ありがたいことです。

既に他の様々な演奏会も中止・延期が相次いでいます。
そんななか、杉並区の小学校から来週の演奏会で僕の曲を演奏したい、とのお話がありました。
こちらもありがたいことです。

今はこんなことしかできない、と思って書いた曲たち。
風に乗って届いたら嬉しいなぁ…

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夕焼け

きれいな夕焼けが空を染めている。
地べたで暮らす人間の営みとは関係なく、喜びも悲しみも苦しみも悩みも関係なく、空は綺麗な茜色だった。

ちょっと地球が身震いしただけで我々地上で暮らす生物は壊滅的打撃を受けた。
長い長い地球の歴史から見れば一瞬の出来事かもしれないが。
それでも僕たちは立ち上がる。
前へ進むために立ち上がる。
家を建て、食べて、造って、泣いて、笑って、活きていくだろう。

そんな人間の尊厳さえも奪おうと言うのが原子力だ。
決して許すことはできないが、
僕は僕にできることをやるしかない。
歯がゆくて、苦しいが…

生まれてから、たくさんの夕焼けを見て感動して、これからも死ぬまでたくさんの夕焼けを見ていくだろう。
僕の生まれる前、母も祖母も、その又母も祖母も、たくさんの夕焼けを見てきたに違いない。
それらはすべて僕の見た夕陽と同じで、それでいて同じ夕陽など一つもない。
全てが一度きりの奇蹟だ。

鎌倉山から江の島の向こうに沈んでいった真っ赤な太陽。
高校の頃、校舎の屋上から見た真っ赤な夕陽。
万座の雪山で、薄暮れの中オレンジに光る空と山頂。
八ヶ岳を光線で射抜きながらアルプスに沈みゆく夕陽。
沖縄で道に迷って見た夕陽。
サンクトペテルブルクで大通りに長い影を作っていた夕焼け。
悩み苦しんで屋上で泣き疲れてぶっ倒れて、空の色が変わるのをずっと見ていたあの日。
ああ、止め処もなく記憶の中の夕陽が溢れ出る。

夏の夕陽、冬の夕陽、秋の夕陽、春の夕陽。
山の夕陽、海の夕陽…

毎日違う夕陽を、それぞれの想いで感じながらこれからも見続けるのだろう。

あしたも、あさっても

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2011年3月16日 (水)

きっと、いつか

本当にいろんなことが不安です。

被災者の方々に何かできることはないか?という想いが強くなります。

先日書いた曲、「Prayer...」
祈りの気持をそのまま書いた曲でした。
WAVで聴けます

「もっと元気の出る曲を書けば?」
という意見を聞いて、ちいさな曲をまた書きました。
歌詞も書きましたが、ありきたりな歌詞かもしれません…でも、ストレートな思いです。
どなたか歌詞を書いてくれたら嬉しいのですが…

こんなことしても何にもならないのかもしれないけれど…
それでも、今の僕にはこれぐらいしかできないのです…

「きっと、いつか」
001 002

クリックすると拡大します。
その画像を保存して印刷できます。

「maybe.mid」をダウンロード

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2011年3月15日 (火)

祈り

大変なことが起きました。
まったく、なんとも言葉にしようもありません…

みんな不安でいっぱいです。
安否の事、食べ物や飲み物の事、仕事の事、
明日の全ての事…

被災者の方々の不安や恐怖は筆舌に尽くしがたいものでしょう。
お悔やみとお見舞いを申し上げます。

僕の知人や友人、仕事仲間も大勢被災されました。
未だに連絡のつかない方もいらっしゃいます。
無事を、ただ祈るばかりです…

そんな中、先日ある楽団の練習が行われました。
いろいろ考えた末での開催に違いありません。
奏者の一人が、
「私の実家は○○です。まったく両親、肉親、親戚とも連絡が付きません…
どうしよう、私、独りぼっちになっちゃうよ…」
と言って肩を震わせて泣きました。
無理して練習に出る必要はない、家で連絡を取り続けてはどうか?と話したところ、
「いいえ、一人でいても辛いだけです。今は仲間と音楽をすることが私の救いです。どうか一緒にいさせてほしい」
その辛さは量り知れません。

また、被災地域の楽団の方と話ができました。
大人数のオーケストラのほとんどの方が何かしらの被害を被っているんだそうです。
「私の楽器も、みんなの楽器も流されてしまいました。でもね、必ずまたやります。必ず復活します」

音楽家でしかない僕に何かできることはないだろうか。
僕にできること、すべきことは何なのだろう?
音楽をやっていていいのだろうか?
と、悩みます。
今すぐ飛んで行って手伝いたい、とも強く思います。
しかし、彼は言いました。
「今来てもらっても西村さんにやれることは少ないと思います。ただ、少ない食料や飲料水を消費し、少ないトイレを使うことになるでしょう」
その通りだと思います。
でも、どうしたら…
「私たちはどんなに音楽をやりたくても(今は)できない。西村さんはできるのにやらない、と言う。そんなのは同じ音楽家として許せない。精一杯西村さんにできることをやってください。私たちも必ず復活します」

涙が止まりませんでした…
非力な自分を悔しくも思います。
でも、今自分にできることをやる以外にありません。

その日の夜、僕は曲を一曲書きました。
地震の災害や恐怖を描写した曲ではありません。
第三者的に哀悼の意を表した曲でもありません。
僕なりに、願いを、祈りを、想いを込めたつもりです。
一晩で書きあげたオケ曲ですから、推敲を重ねた作品だとは言えません。
でも、その時に僕にできる精一杯はこれだけだったのです。

明日はきっと晴れる。
いつかきっと笑える。
「この出来事を笑って話せるようになる」「忘れ去る」と言う意味では決してありません。
「心の中に忘れられない出来事だと刻みつけつつも、いつかきっと立ち上がるんだ」と言う強い意志と決意、人への励ましと自分への叱咤を込めて、
「笑える明日はきっと来る」
と言う希望と願いの祈りを音符に認(したた)めたのです。

僕も明日が怖い。
でも、絶対負けない。

3月27日には茅ケ崎で、コンサート・ソムリエの朝岡聡さんと茅ケ崎交響楽団の皆さんと共に演奏会があります。
普段よりも一段くだけた演奏会です。
開催についてはやはり賛否入り乱れ、そのうえでの決断なんだと思います。
チャリティコンサートの形をとり、公開リハも行い、収益は被災地への義援金するのだそうです。
そこで僕の書いた曲も演奏します。
曲名は「Prayer」としました。
「祈り(Prayer)」であり、「祈る人(Prayer)」でもあり、「奏する人(Player)」でありたい、という想いからです。

管弦楽版で作曲しましたが、吹奏楽版もピアノ版も作りました。
短く拙い曲ですが、演奏して下さる方はご連絡ください。
楽譜をお送りいたします。

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2011年3月10日 (木)

こんなの作った

20110301183231 部屋の入口にぶら下げているのは…

「チューブラーベル」

一本「100円」

工事現場でよく見る「足場単管パイプ」で作ったのです。

一般に売られている足場単管パイプは、「軽くて丈夫」が謳い文句。
でも、良い音がしないのです。
必要なのは深い音。

古いタイプの、肉が厚く重い単管パイプは素人ではなかなか手に入れにくく、いろいろ探しまわった末に辿り着いたのは近所の建築資材置き場。
いろいろ物色していると、不審に思われたらしく、
「どなたですか…」と声をかけられました。
楽器に使いたい旨を説明しましたがあまり良い感触は得られません。
なんだか怪しいですもんね。

そこに現れた社長さんの鶴の一声
「いいよ、もってけ!」のであっさり3本頂きました。
一本100円!
それを磨いて穴開けてチューニングして…
制作時間は4時間ほど。
まあ、簡単なものですが、なかなか鄙びた良い音がします。
目指したのは、古い教会の鐘の音。

ただ、やすり類・ドリル・パイプカッター・ワイヤー、等々何も持っていない僕は全て購入して3万円強…
せっかくだからいろいろ作ってみますか。

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信念を新年に思う…

書きたいことが山ほどあるのです。

伝えたい事やしゃべりたいことがたくさんあるのです。

造りたい音楽が心に滾り、創りたい音楽が胸に溢れるのです。

なんてことを思いつつ季節は弥生に入りました。
信念はあるのです。
でもそれを実行し持続するバイタリティや切り開くフロンティアスピリッツが僕には足りない…

なりたい自分になる努力を自分にしか向けられない。
でも、それも足りないと思う今日この頃。
自分を変えたい…

と言うわけでまずはダイエットを誓います。
なりたい自分になるために、まずは基本から。

とまあ、言い訳のお題目は置いておいて…
先日Sax.奏者のTくんと賭けをすることになったのがまず最大のきっかけ。
それと、最近「友さんのプロフィール写真、若過ぎない?」と言われることが増えてきたため。

う~ん、今変わらねばもう変わるチャンスはない、かも。
ここで宣言すればもう後には引けないしね。

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