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2011年7月

2011年7月 7日 (木)

I came back.

今日は七夕。
残念ながら星空は見えません。
きっと分厚い雲の向こうで織姫と彦星は一年ぶりの逢瀬で心寄り添っているんでしょうね。

さっき歩いていた世田谷の住宅街は薄暮にゆっくりと沈み、夕餉の支度の匂いと蚊取り線香の香りが薄暗い小道に流れています。
好きだなぁ、こんなゆっくりとした時間。

今日は退院後初めての精密検査でした。
僕の病気は「突発性難聴」
国から「難病指定」されている、原因も治療法も分かっていない病気です。

音楽家や役者でこの病気に罹る人は多いように感じます。
僕の周りにも何人かいます。
ただ、他の疾患(メニエール病や外傷性難聴等々)との区別が初め付きにくい、とも言われています。
特に低音性(低い音が聴こえ辛くなる)ケースの場合は外因性の場合も多く、突発性難聴とは違い再発の例もあるそうです。

この病気の特徴は…
・だんだん進行するのではなく、突然スイッチを切ったように聴こえなくなる。
・再発はほとんどしない。再発の報告も、他の原因である可能性が高いと言われている。
・原因が特定できていないので治療法も確立されていない。
というものです。

治療法がない…とは言え「ステロイド」の投薬による効果は統計的に認められていて、できるだけ早期に治療を始めれば治癒率も高いと言われています。(ステロイドの効果を疑問視したり、早期の治療の効果を否定する論文もあるようですが…)
男女差、年齢、生活習慣、等による発病因子は認められていないようですが、統計的には「糖尿病」に危険因子ファクターがあるとされ、「ストレス」を抱えている職業・生活・性格の人の罹患率も高い、と言われています。
再発しない、と言う事からウイルス(ヘルペス、ムンプス等)説も強いようですが、まだ結論は出ていないようです。
兎に角現時点では、投薬と安静がこの病気の実質的なメインの治療の様です。

正直言って、僕はこの病気をなめていました。
「入院して点滴すれば治る」
程度にしか考えていなかったのです。
友人や知人でこの病気に罹った人もみんな完治している、と思っていたのです。

新宿の料理屋でステージの打ち合わせをしているときに、突然右耳が聴こえにくくなりました。
なぜか、「ああ、来たな」とすぐ理解しました。
焦りも困惑もなく、打ち合わせを終えてから救急病院に駆け込みました。
後で知ったことですが、僕の駆け込んだ北里大学には「突発性難聴」の専門的なチームがありました。
そして、救急で僕を見てくれたお医者さんは、そのエキスパートの一人の若い先生だったのです。
幸運だったとしか言いようがありません。

即緊急入院して治療が始まりました。
他の治療法(高圧酸素療法、星状神経節ブロック、等)の説明も受け、効果が期待できないしリスクもあるので、様子を見て改善されないようなら検討しましょう、となりました。
そこで初めて知ったのは、
「3分の1は治り、3分の1は改善するにとどまり、3分の1は全く治らない」
という現実でした。
また、3分の1の治癒した人の中には、完全に治ったのではない人も含まれる、とも知ってしまったのです。

不安と恐怖で体中が震えました。
このまま治らなかったら…と思うと、夜も眠れず、涙が止まらなかったのです。
いままですぐそばに、当たり前にあると思っていた「音楽」が遠くに行ってしまう。
音楽家としてはもちろん、音楽好きとして、もう2度と音楽を聴くことはできないのだろうか…?
もっと辛い境遇の人もいるでしょうし、耳が聴こえないぐらいで大げさな…と言う人もいるでしょう。
でも、僕にとっては、これ以上ないほどの衝撃であったのは事実なのです。

入院して治療が始まりました。
その闘病記(?)はいずれ書きたいと思います。
同じ病気にかかる人への一つの指針となるように(僕も他の方のブログをずいぶん読みました)
とりあえず、どうしても外せない本番以外はすべてキャンセルし、治療に専念することにしました。
入院中に外出して指揮を振ったのは2度だけ。
2週間後のライオン・キングは振れるつもりでいましたが、そんなに甘いものでもなく、結局すべて交替してもらいました。
無理すれば出来たのかもしれません。
でも、障害が残って後悔するのだけは嫌だったのです。

入院中はもちろん音楽を聴くことはありませんでした。
しかし、楽譜を開くと、いや開かなくても頭の中には気が付くと音楽が鳴り響いていました。
チャイコフスキーやストラヴィンスキーや、ジャズや歌謡曲や、トロンボーンやヴァイオリンが。
それも、今その場で聴いているようにリアルに、今自分で演奏しているように自由に。

「ああ、僕はやっぱり音楽が大好きだ。いつも当たり前にそばにあると思っていた音楽は、実はもっと貴重で特別な存在で、もっと大事なものだったんだ。」
と、実感しました。
それと同時に、
「『俺の音楽』ははっきりと自分の中にあり、それはもう消そうったって消えるもんじゃない。例え耳がどうなろうとも、自分の音楽は揺るぎない」
とも思えたのです。

伝えたいことは山ほどあるのですが…
結論から言うと、「完治」に至りました。
違和感もなく耳鳴りもありません。
本当に本当にラッキーだったとしか言いようがありません。

ご迷惑をかけた皆様、ご心配いただいた皆様、本当にすみませんでした。
毎日見舞いに来てくれた大勢の皆様、ありがとうございました。
もう大丈夫です。
既に本番もいくつかこなし、先週にはライオン・キングにも復帰しました。
軽く聞き流した人にも、心ない言葉を発した人にもわかってほしいのは、本当に辛くて苦しくて悲しかったんだってこと。

もう一度命をもらったような気がしてなりません。
ずっと励ましてくれた友人は、「友さんも俺も音楽に呪われてるのさ。もう逃げられないよ」と冗談めかして言ってくれました。
また別の友人は、「お前の音楽をもっと聴きたいって神様が言ってんだよ。お前にはまだやることがあるって言ってんだよ」
また、「戻ってきたのには意味がある。この静寂から必ず何かが始まるよ」と言ってくれた先輩もいました。
一番嬉しかったのは、「お帰りなさい」と言ってくれた人たち。
そう、帰って来たんです。

全ての景色が輝いて見えます。
音楽全てが愛おしい。
なりふり構わず、どんな音楽でも貪欲にやりたい!
ねえ、やろうよ、いますぐ。
しがらみや理屈なんか置いといて。

もし音楽の神様がいるなら、本当に感謝します。
そして、お願いだからこの命が尽きるその日まで、音楽の世界で僕をこき使ってほしい!

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