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2011年10月19日 (水)

夢のオーケストラ

誤解のないように初めにことわっておきますが…

僕は相手がアマチュアであろうとプロであろうと、常に全力で音楽と人と向き合います。
仮に小学生のオーケストラであろうとも、です。
それが僕のスタイルであり、自分を支える柱でもあります。
僕の尊敬する音楽家も、大好きな音楽家も、優れた人はみんなそうです。
と言うか、「無心」で真摯に音楽に向き合っている、と思うのです。
僕も夢中になれば相手が誰であるかを忘れてしまいます。
出来るだけそうでありたい、と思っています。

理想ではそう言っても、練習量や様々な他の事情によって、絶対的な音楽の完成度には差ができます。
でも、音楽の満足度・達成感、を左右するのはやはり、どれだけ持てる力を発揮できたかによると思うのです。
きれい事でも慰めでもなく、どれだけ、精一杯力を絞りだすことができたか、だと思うのです。
そこに在る感動が真実だと思うのです。
少なくとも僕の中では。

指揮者は自分の求める音楽を、はっきりと自分の中に作り上げ、それを実際の演奏とすり合わせて音楽を創り上げていく。
指揮者の想像を越えるプレイヤーの音楽性やテクニックを聴いて、それを活かして変化もしていく。
それが一般的な音楽づくり。

しかし、あの日以来、僕の頭の中では「理想の音楽」が「理想の演奏」によって強く鳴り響いています。

音の消えた病室で、絶望しかけた僕を支えたのは友人の言葉と、「自分の中の音楽」でした。
自分の中で鳴り続けていたオーケストラは、自分の望む音そのままだったのです。
それを再確認して僕は指揮者に戻れたのです。

その音を、音楽を、実現したい。
もっと追究て奏でたい。
もっともっと音楽をしたい!!
その想いで心が張り裂けそうになります。

わざわざ「誤解のないように…」と書いたのは、「理想の演奏」は決して現実のオーケストラへの不満ではないから。
「理想の音楽」それは現実の音楽への失望でもないから。

いつか、自分の中の理想の演奏と、現実の演奏の感動とを融合させたい。
そのためには、もっともっともっと本気で暴れたい。
本気で求めたい。

弾けそうな心で、そう思うのです。

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