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2014年4月

2014年4月24日 (木)

ニブい…?

運転していてクラクションを鳴らされると、まず申し訳ない気持ちになる。
そしてしばらく考えて自分に非がないことを確認するとふつふつと怒りがこみあげて、高速道路で小さくクラクションを鳴らしたりする。

人と話していて失礼なことを言われても、すぐには気が付かない。
しばらくして悔しい気持ちになったりする。
逆に、人に失礼なことを言っておいて、後で思い返して申し訳ない気持ちでいっぱいになったりもする。

もしかしたら恋愛に関してもそうなのかもしれない…

気になるから、できれば気付かない方が楽なんじゃないだろうか…
どうせ気付くなら、すぐに的確に返せればいいのに…

すごく嫌なことがあった…
きちんと怒って、その場で自分の望む対応を導き出せば良いのに。
なぜ、笑顔で受け入れる?
その理不尽さに、その失礼さに、身悶えするほど悔しいなら、
なぜその場で言えないのか?

保身や媚の気持ちなどは毛頭ない。
もとよりそんなことは大キライ。

ただ、多分、お人好しなのだ。
分かってはいる。
解ってもいる。

でも、判らないのだ…
次々起こる嫌な出来事よりも、
そんな自分が悔しいのだ。

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2014年4月16日 (水)

続。春の月

春の月、で思い出した。

数年前に打楽器奏者の小松玲子さんに書いた1曲。

『Moon of Spring』

サヌカイトの為に書いた曲。

今自分で聴いてもすごく切ない。

聴いてみてください。

http://www.bing.com/videos/search?q=%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E7%8E%B2%E5%AD%90%E3%82%B5%E3%83%8C%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%88&qs=n&form=QBVR&pq=%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E7%8E%B2%E5%AD%90%E3%82%B5%E3%83%8C%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%88&sc=1-9&sp=-1&sk=#view=detail&mid=88DC3222E028CFAEC79788DC3222E028CFAEC797

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春の月

午前2時帰宅する

寝静まる家
リビングは時計の音

寝る前にちょっとだけ、砕かない大きな氷にアードヴェッグ・ウーブデールを注いで屋上へ。

冬の月の光線は青い。
透き通った光に射抜かれて凍り付く。

春の月は?

今日の月は黄色い。
大きな大きな丸い灯り。

ああ、春なんだなぁ。
もう、しょうがないや。

風はまだちょっぴり冷たいけれど、月の光は親しげに朧い脆い。

どこから来て どこへ行くの
あんなに強く愛した気持ちも
憎んだことも 今は昔

薄紅の砂時計の底
空から振る時が見える(『経る時』より)

薄紅色の時間は降り積もって、満ちてしまった。
だからもう、始めなきゃ。

ちょっと、酔ったのかもしれない

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2014年4月13日 (日)

恥ずかしいミス…カチューシャ

きのう書いた『カチューシャの唄』

今日、年かさの先輩と話していて恥ずかしいミスが発覚!

「カチューシャ」は人の名前だったのですね。
エカテリーナの愛称がカチューシャ。
なるほど、そう言えばロシアに同名の唄があり、それは確かに女の子の名前でした。

よく知ってる歌なのに…
兎に角、なぜか島村抱月が擬人化して歌っているのだと勘違いしていました。

カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間と
神に願いを(ララ)かけましょうか

1914年、芸術座の公演、トルストイ原作の『復活』で主役を演じた松井須磨子さん。
彼女の歌う『カチューシャの唄』が大ヒットしました。
彼女が演じた主役の名は、「カチューシャ」

ついでに島村抱月と松井須磨子のスキャンダルの話も聞きました。
当時は大騒ぎになったようですね。
岡田嘉子さんの恋の逃避行の話も想起されます。

ともあれ、髪留めの一種「カチューシャ」の名前は、この舞台の大ヒットの便乗商品からとする説が有力。
だからまあ、通ずるものがあるわけですが。

年かさの先輩たちがお元気なうちに、いろんなお話聞かなければいけませんね。

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中山晋平さん

『カチューシャの唄』を演奏しました。
宮川彬良編曲。
弦楽器の和音伴奏、これが本当に良い音がするのです。
その、スコアのヴォイシング(和音配置)が本当に素晴らしい。
変な作曲のレッスンを受けるより、このスコアの秘密を紐解く方がどれだけ大きな収穫になるかわかりません。

さて、カチューシャの唄。
作曲は1914年ですから、なんと今年で100年!
AKB48の『EVERYDAYカチューシャ』でも出てきたカチューシャ。
100年前の日本でも、2014年の現代日本でも、同じように歌の中で可憐な少女の象徴として登場するのですね。

カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間と
神に願いを(ララ)かけましょうか

…カチューシャはずしながら 君が不意に振り返って…
…カチューシャはずしながら 長い髪をほどくように…

聴くと、どちらもちょっぴり胸の奥がチリリとするのです。
作詞は島村抱月と秋元康ですが、やっぱり切ないメロディがあって生きるこの歌詞なのでしょう。

1914年に劇団芸術座の公演、『復活』(トルストイ原作)の劇中歌として発表され大ヒットした『カチューシャの唄』
ロビーに貼り出されたこの曲の歌詞を写そうと群がった人たちがその場で合唱を始めた、と言うのも有名なエピソード。

1888年に生まれ1952年に亡くなった中山晋平さん。
『シャボン玉』『砂山』『波浮の港』『東京音頭』『証城(證誠)寺の狸ばやし』『てるてるぼうず』等々、ヒット曲多数。
まさに日本が世界に誇るメロディメーカーです。

詩人野口雨情が亡くなった娘さんを想って作詞したといわれる『シャボン玉』
エピソードの真偽は確かではありませんが、歌詞の内容を見れば夭折した子を意識したのは間違いないのではないでしょうか。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

野口雨情の娘さんが生まれてすぐに亡くなったのは1908年。
この曲の発表は1923年(詩の発表は1922年)。
雨情はもう一人娘さんを、1924年に2歳で亡くしています。
その曲に中山晋平は悲しいメロディではなく、讃美歌のように美しい温かい長調のメロディを書いています。

実はこの曲、1866年作曲の讃美歌『主、我を愛す』にとっても似ています。
それを知って作曲したのかどうかも定かではありませんが、とっても似ています。
さらにこの讃美歌、小説中で「若くして亡くなった少年がいまわの際に口ずさむ歌」が元詩だそうですから、あまりにも共通点が多いのです。
それでも『シャボン玉』は野口雨情と中山晋平の音楽、だと思うのです。

『カチューシャの唄』と同じく劇団芸術座の公演、『その前夜』(ツルゲーネフ原作)の劇中歌として1915年に発表されて大ヒットしたのが『ゴンドラの唄』

命短し 恋せよ乙女
あかき唇 褪せぬ間に…

フランスの作家ジョルジュ・サンド(1804~1874)の言った、

愛せよ。 人生において最良のものはそれのみである。

と言う言葉が想い起されます。

それにしても、『カチューシャの唄』『ゴンドラの唄』ともに、当時レコードで発売され大ヒットしたそうです。
しかし、蓄音器(レコードの再生機です…念為)はまだまだ高価で、一般家庭に普及していたとは言い難い当時の情勢。
レコードの10倍近く歌本や楽譜が売れたと言います。

ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)が出版社のアルバイトとして、街頭でピアノを弾いて自作や新作の楽譜の宣伝をした、と言う話も思い出します。
現代にようにいつでも音楽が溢れて氾濫しているわけではなかった当時。
だからこそ音楽がもっと貴重で、そして愛されていたようにも思うのです。
人々は楽譜や歌本を買って帰って、それぞれ歌ったり演奏したりして音楽を楽しんだのでしょう。

さて、中山晋平さん、1952年の12月2日に映画を見た翌日に倒れ、12月30日に亡くなりました。
その映画と言うのが、黒澤明監督の『生きる』
末期がんに侵された主人公が自分なりに自分の生き方を見つけて、最後に雪の夜に公園のブランコで歌う『ゴンドラの唄』を、中山晋平さんはどんな思いで聴いたのでしょう。

今年で100歳になる『カチューシャの唄』を演奏して、いろいろ考えた春の日でした。

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2014年4月 8日 (火)

PRAYER

少し前へ進めた日の夕方。
屋上で夕陽を見た。

祈ることだけ、ただ、強く願うことだけ

橙色の夕陽が、茜色へ、やがて藍色に、群青にかわるまで。
久しぶりに煙草を吸いながら。

時を超え、空を越え、たどり着くから

ああこの色の中に、この光の中に、この時間の中に、
辛いことも、焦りも、嘆きも、心配も、溶けてしまえばいいのに。

降り積もる悲しみに負けることなく

移ろいゆく光の時間の中でたくさんの人のことを想った。

死ぬまでに、あと何回この色を眺めることができるのだろう。

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夢の道、或いは遠くへ旅立った友へ。

夢がある。
夢をたくさん持っている。
と、思っていた。

昔、ある男がいた。
その男に僕は言った。
「お前夢はあるのか?」
男は答えた。
「ある」、と。

男は言う。
「ただ平穏に暮らしたい。そこそこに食べていけて愛する家族がいればそれで良い」、と。
僕は彼を責めた。
「それで夢と言えるのか?もっと大きな、若者らしい夢はないのか?」、と。

しばらく黙った後で彼は、やっぱりそれ以上はないと答えた。

僕には夢があった。
溢れるほどの、抱えきれないほどの、夢があった。
夢が未来への原動力だと信じていたし、自分の可能性とまだ霧の中だった自分の未来へ想像を膨らませていた。

僕はさらに彼を責めた。
そしてとうとう彼は大きな声を出した。

夢がなくて何が悪い!
夢なんかなくたって生きていける!
夢を持っていることがそんなに偉いのか?
そんな自分の価値観を人に押し付ける権利があるのか?

ショックを受けたが、その時はそれだけだった。
価値観の違う、つまらない男だと思っていた。
僕も若かったし、彼ももっと若かった。
でも、あれからいくつもの季節を越えて、わかりかけてきたことがある。

あの時の彼の気持ち、今なら少しわかる。
彼があの時口にした夢はそれはそれで本物だったし、そして同時に見るべき夢を探し求めてもいた彼の言い訳でもあったのだ。
それを僕が責めたのはもちろんお門違いだが、図星をつかれて悲しかったのもそれはそれで真実なのだ。
その彼は今、温かい家族と共に、夢を持って生きている。

今、夢らしい夢がない、と言うなら、それはそれで幸せだ。
これから自分の前にどんな夢が現れるのか、どんな夢が見られるのか、それはそれで楽しみではないか。
焦る必要もないし怯える必要もない。
ましてや、引け目を感じる必要などない。
引け目?誰に対して?何に対して?

ちょっと休んで、たくさん遊んで、
で、何か見つかれば良いし、見つからなければそれはそれで良い。

夢が未来へのチケットだと、それは今でも信じている。
沢山の夢を抱えて生きている。
だから、僕は思っている。
夢はきっとあなたに喜びと悲しみを運んでくる。
悲しみを恐れれば喜びは少ない。

だけどまあ、ゆっくり生きましょう。
夢を持つ夢を見るのも、また夢の一つだから。

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