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2015年6月

2015年6月26日 (金)

秘儀Ⅲ~その⑧

秘儀Ⅲの分析もようやく最終コーナーを廻る。

練習番号「M」を中間点として、曲は大きく前後半の2部に分けられる。
前述したが、この曲の小節数は256小節。(それにエンディングの打撃、2小節が加わる)
そしてこの「M」は128小節。
見事に中間点である。

(余談だが、この256と言う数字、見慣れた数字でもある。そのお話は別項で)

前後半それぞれ内部も前後半に2分されるので、全体では4つの大きな構成的なポイントがある。
いよいよその最終、第4セクションに入る。

・「V」~「W」

86まで上がったテンポは76へと暫時ダウンする。
様々な要素が出そろう集大成、と言うよりはコーダの趣がある。

先ず最大の特徴であるTimp.の3連符連打が始まる。
4小節を単位として「pp」から「ff」までcresc.していく。(「X」まで)

管弦楽器の要素は大きく3つ。
①Pic.,Fl.,EsCla.,Cla.1,Cla.2の神楽のような最大音量の新しいモチーフ。
②Ob.,Cla.3,A.Sax.,Trp.の延伸音からのcresc.とメロディモチーフの断片。
③Fg.,BsCla.,T.Sax.,B.Sax.,Hrn.,Eup.,Tub.,Cb.による2拍目アクセントの踊りのモチーフ。

この②と③のグループはそれぞれズレて出現する。
その声部数はそれぞれ3つ。
(Tub.,Cb.は2拍目のアクセントの強調に特化している)
そして②のグループには内部の声部に音程的揺らぎはみられず、ただ時間的なスレによる揺らぎが音場を形作る。
③のグループはやはりズレて出現するが、逆に時間的(リズムの)ズレは発現せず、音程の揺らぎがみられる。
大まかに見て4小節を単位に音楽は昂揚してゆく。

①のグループは終始「ff」によって叫ぶように歌い、狂乱の様相を呈す。
4小節の空白の後始まるが、メロディの単位は4小節とは言えない。
フレーズを無理に適用するならば5小節+6小節(1+2+3)+1小節、だが、むしろ狂乱のリズムの上をすべるように演奏する方がそれらしい。
音程のズレは5声部。
4度による音程間隔が今までと同様に印象が強い。

・「W」~「X」
管弦楽器はフレーズ単位を3小節に変化させて、踊りはユニゾンとなる。
Trp.3,Hrn.がエコー的効果を出す。
ここでは短いフレーズの最後の音にStaccatoがない。
Trb.にのみdecresc.が与えられ、エコー的効果を強めている。
しかし、全体的なオーケストレーションの中の役割、と言うよりも踊りの最高潮の現場に際して現れてくるキャラクター的歪みとして演奏する方が絶対に面白い。
すなわち、あざといバランスや強調もいらない、と僕は考えている。

・「X」~
呻きからの叫び声の様に「ff」で強奏される。
この要素は「V」で言えば第②声部にあたる、延伸音のcresc.パターンである。
この音を並べると前出の「メシアンの移調の限られた第七旋法」になっている。

続く、刻み音によるcresc.は「V」で言えば第③声部にあたる。
もちろんそれらの要素は今までに積み重ねられた、或いは既出のものの集大成である。
だが、2拍目にアクセントはない。
ここで2拍目アクセントを担当するのはB.D.のみ(!)
そして最終小節に於いて、打楽器とFg.,BsCla.,B.Sax.,Trb.,Eup.,Tub.Cb.によって強調される。
そしてここの構成音は「D」、「D」のみ(!)
途中でオクターブ上昇するEsCla.に何を見つけられるだろうか。
実際に演奏してみると、その効果に興奮せずにはおれない。

・「Y」~
FとC音に集約されたTutta Forzaから最終局面。

そして、打楽器の一閃で曲は締めくくられる。

ここまで様々この曲の分析をしてきたが、あくまでも僕の個人的観点からのアナリーゼである。
これは指揮者と言う生き物の習性とでもいうべきものであり、すべての曲で同様に行っている。
いわば、趣味にも近い習い性なのであるから、絶対的なものとは捉えないでもらいたい。

実際の演奏における、指揮者の様々なアイディア、分析は今後解説を試みる。

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秘儀Ⅲ~余談①

この曲の主部256小節。
その数字のお話。
コンピューターや数学に興味のない人は読まないように。
眠くなることうけあい。

コンピュータの世界は基本的には0か1かの数字のみで動いている。
つまり、2進数である。

0000(2進数)=0(10進数)
0001=1
0010=2
0011=3
...
1111=15

2進数と10進数を並べるとこんな感じ。
4ケタの2進数で10進数の15まで表示出来る。
つまり16でもう一ケタ上がる。(16進数)
この2進数の一つのケタを「ビット」と呼んでいる。
(本来ビットとは2進数を意味する省略語である)

上記の場合4ケタなので「4ビット」と呼ぶ。
一昔前の趣味的個人用コンピューターのことを「マイコン」(マイクロコンピューターとマイ(自分の)コンピューターを掛け合わせた和声造語らしい)と呼んでいた。
そこに使われていたCPU(セントラルプロセッサユニット、簡単に言えば「計算する脳みそ」である)は4ビットで計算をするものが多かった。

やがて2進数8ケタ、つまり「8ビットCPU」の登場でコンピューターの世界は一気に一般化される。
名CPU「8080」「Z80」の登場である。

コンピューターの興味のある人は、ここからが面白い話なんだけど…秘儀の小節数に話を戻して。

8ビットとは、4ビットを二つ並べた8ケタ、と言うことである。

0000 0000=0
0000 0001=1
...
1111 1110=254
1111 1111=255

つまりは256でもう一ケタ上がる、と言うこと。
半分の4ビット(0000-1111)では16を数える。
これを二つ並べて8ビットになる。

さて、コンピュータの2進数を人間がそのまま使うのは、長大で難しい。
そこでわかりやすい数字に変換するのだが、10進数に直接変換して扱うのは少し効率が悪い。
桁が合わず混乱するのだ。
そこで、一般的にはこの4ビットで扱う「16」ごとに1ケタ上がる、つまり「16進数」を使うと諸々都合が良い。

0000=0
0001=1
...
1001=9
1010=A
1011=B
...
1111=F

と言うようになる。
つまり4ビット分が16進数だと丁度一桁で表すことが出来るのだ(当たり前だけど)

これが二つ並んで、

0000 0000=00 (0)
0000 0001=01 (1)
...
0000 1111=0F (15)
0001 0000=10 (16)
0001 0001=11 (17)
...
1111 1111=FF (255)

となる。(カッコ内は10進数)

と、まあコンピューターの世界では大変重要な数字である「256」
この数字がこの曲の中でどんな役割を持つのだろう…

それは曲の解説で…

因みに現在のコンピューターは、8ビットコンピューターが普及し始めたころから「パーソナルコンピューター(PC)」と呼ばれるようになり、その名前が定着した。
ビット数は、いわば作業における「手の数」のようなものである。
CPUは1秒間に何回「仕事」をするかがスピードを決める。
その1回の仕事で4ビットコンピューターはいわば4本の手で、8ビットコンピューターは8本の手で作業する。
1回の仕事にかかる時間を速くするのも必要だが、1回の仕事に使う手を増やすのも効率を上げる。
と言うわけで、現在のコンピューターは、「WINDOWS VISTA」の頃にはほとんどが32ビットに(一部64ビット)
そして昨今ではほとんどが64ビットで動作している。

扱うデータの量も、
ビット→バイト→キロバイト→メガバイト→ギガバイト→テラバイト、とどんどん大きくなっている。
いったいどこまで進化(?)するのか…

最新の64ビットのCPUの中には、まるで生命の遠い記憶がDNAに残っているように、8ビット時代のプログラムの名残が残っているという都市伝説もある。

と、まあ、マニアックな話でまったく秘儀Ⅲから外れてしまいましたが…

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2015年6月24日 (水)

ロマンスカー

どみそど~、どそみど~

と聞いて、赤い電車を思い出される諸兄はどのくらいいるのだろう?

そう、それは「ロマンスカー」
先頭車両にある展望席とその上にある2階運転席のカッコイイ、小田急の誇る特急列車。

あの、駅を通過する時に流れる音楽、今ではもう無くなったんですね。

先日、ちょっとばかり喜ばしいことがありまして(7/3のプレスリリースまで口外禁止なのです…)、そのお祝いに一杯おごってくださる、と言うことで電車で新宿でのオペラの稽古に出かけました。

相模大野駅に入ると丁度、ロマンスカーが10分後に停車するようなので、早速チケットを購入です。
ちょっとばかりいろいろと忙しく、疲れてもいたのでしょう。
このくらいの贅沢はばちも当たらん、と思うわけで。

思えば、電車は久しぶり。
荷物の多さもあり、車での移動が多かった昨今です。
ミュージカル等の旅仕事でもないのに、10日ぶりに家に帰ったのが昨日。
大きな楽譜や着替え等さえなければ電車の方が楽なんだよなぁ~、等と考えつつ到着した急行電車に乗り込みます。

それほど混んでもいない昼頃の上り電車。
まあ、座れるほど空いているわけでもないのですが。
でも、流れる車窓を見ながら物思いに耽るのもおつなもの。

などと考えているうちに、
「新百合ヶ丘~、特急列車の通過待ちをいたします」
とのアナウンス。

!!!

乗るはずだった「ロマンスカー」は目の前を通りすぎていきました。

どみそど~、どそみど~

は、もう流されていないのですね…

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2015年6月15日 (月)

バナナにまつわるエトセトラ

「バナナはお菓子に入るんですか?」

僕はどうやら自我、と言うか認識能力が低かったのか天然だったのか、周りで起きていることが良く理解できなかったりしたのです。
「バナナはお菓子に入るのか?」
とは、
「果物はお菓子なのか?」
と言う疑問だと思っていたのです。

「バナナもお菓子代として計算されるのか?」
と言う質問だと理解したのは結構大人になってから。

そもそもバナナと言う果物は、僕の子供の頃にはもう大衆的な食べ物。
もっと昔は高級果物だった時代もあるようですが。

ライオン・キングを始めたばかりの頃、マチネとソワレの間にバナナを食べていました。
横目で見ていたアフリカ人打楽器奏者のモフラン氏が「ヘイユウ(友)、一本おくれ」とのたまうのであげました。
コンビニで買った普通のバナナ。
まあ、特別美味しいわけでもないのでしょうが、酷く不味いわけでもなく、まあバナナってこんなもの?
しかしモフランが言うには「?硬いねこのバナナ。それに黄色くない。味もイマイチだなぁ」
そうかなぁ、こんなもんじゃない?と答えると、
「本当のバナナ食べさせてあげるよ!」

翌週モフランと再会すると、輝くような笑顔で「持ってきたぜ!本物のバナナ!」
さて、見てみると…
まず、太い!
そして、黄色い!
で、食べると、甘い!香り立ちまくり!
まあとにかく、旨い!!
実は以前同じように進められて食べたバナナが、臭くてドロドロで嫌気がさしたことがあるのでちょっと期待していなかったのですが…これは見事に期待外れでした!もちろん良い意味で。

この美味しいバナナ、ブラジル食材屋で手に入れたんだそうで、さらにそのお店相模原の住宅街にあるというオチまでついたのですが…

最近、車での長距離移動がめっきり減った私ですが、時間に余裕がある時は愛車を駆ります。
しかし、ついつい車の中だと食べすぎてしまうのです。
そこで、お菓子やお弁当を食べちゃうよりもバナナだとお腹にもたまるしダイエットになるのでは?と考えコンビニでは余計な食べ物を買わないように気をつけています。

先日、車での移動の前に、取り寄せていたシャツを引き取りに伊勢丹に寄りました。
ついでにお水とバナナを買ったのです。
車に戻ってちょっと違和感。
「あれ、今レジでいくら払った?」
言われるままに無意識で払ったその金額、レシートを見ると…

2800円!!!

3本のバナナで、2800円!

どこのお金持ちが買うバナナなの!?

とは言え、今さら返しに行くのも恥ずかしくて…

心して食べたそのお味は…
やんぬるかな、モフランにもらったバナナに遠く及ばないのでありました…

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交響曲第6番「悲愴」

チャイコフスキー最後の作品、交響曲第6番を演奏した。
子どものころから大好きな曲だが、4年前から、僕の中では特別な意味を持つ曲の一つになっている。

チャイコフスキー最晩年の曲。
この曲の初演を指揮してわずか9日後にチャイコフスキーは亡くなった。

指揮者コンクールでサンクトペテルブルクに滞在していた際に、2度ほどお墓を訪ねた。
同じ墓地にはリムスキー・コルサコフやムソルグスキー、グリンカ、ルービンシュタイン、等々超有名音楽家のお墓が並ぶ。
その一角に、ひときわ大きい墓碑が、まるで棺の様にあった。
訪れるたび真新しいお花が供えられていて、霊感を得たくて僕も墓に何度も触れた。

お世話になった作曲家、三枝成彰先生は当時言っていた。
チャイコフスキーが好きだ、と。
彼は天才ではなく、博愛と努力の人だった、と。
三枝先生自身もご自分のことを無尽蔵に楽想が湧いて出る天才だとは思っておらず、また望んで望んで作曲家になったのではない、と言うようなことも言っていた。
だからこそ、僕も努力をして良い作品を創り上げるのだ、と言うような主旨のことを仰っていたように憶えている。
僕はそんな先生のことを好きだったし尊敬もしていた。

また、三枝先生はチャイコフスキーのことを稀代のメロディメーカーだとも評していた。
その反面、少ないシンプルな要素を発展させる能力の見事さは、発想力の少なさの裏返しでもある、ともとれる。
しかし、それはただ揶揄的に表現しているだけで、先生はチャイコフスキーにシンパシーを感じ、そしてやっぱり愛していたようだ。

僕自身は、そんな理屈や批評抜きに、子供の頃からチャイコフスキーを身近に感じ、大好きだった。
交響曲第4番、5番、6番など、何十回指揮したかわからない。

この曲が4年前から僕にとっての特別な曲の一つになったのは…

幾度か書いているが…
4年前突然自分を襲った病気。
人生の大事件で、死すら意識した入院。
絶望し憔悴し、まったく眠れずに、処方された睡眠剤で朦朧とした意識のなか、頭の中に鳴り響いた音楽の一つだった。

誰の指揮でどこのオケの演奏だろう…
しばらく頭の中で聴いていて、確信した。

これは僕の理想の音だ。
僕の望む、自分の音楽だ。

ああ、俺は大丈夫なのかもしれない。
俺の音楽は、確固としてここにある。

そう気が付いた時、救われた。
友人の励ましがあったからこそそこに行きついたのだと思うが。

懐かしく、大好きなオーケストラと、その音楽に挑む。

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2015年6月 2日 (火)

茜色

茜色

夕陽や朝日に照り輝く、雲の色。

茜さす 紫のゆき 標野ゆき

野守は見ずや 君が袖振る

祖母より受け賜わりし古典文学の心得ある母は、
「やはり朝の色じゃないの?」、と話す。

額田王の歌を見る限り、そんな気がしないでもない。
と言うか、最近までそう信じて疑わなかったのだが…

だが、考えてみると、この「茜色」の「茜」はどうしても夕陽を連想させる。
西(にし)という字が入っているからだと思うのだが、実は確たる証拠はない。

フジファブリックの『茜色の夕陽』にしてもレミオロメンの『茜空』にしても夕陽の切なさをベースに感じている。

梶井基次郎の儚い小説を読んでいるとやはり夕陽の色として幾度も登場する。
もちろん他の作家でも見つかるがそのほとんどは夕陽の描写。
それにしても、綺麗な文章。

「…夕方になって陽がかなたへ傾くと、富士も丹沢山も一様の影絵を、茜の空に写すのであった。…」梶井基次郎「路上」より

「…日は函根の山の端に近寄ッて儀式とおり茜色の光線を吐き始めると末野はすこしずつ薄樺の隈を加えて、遠山も、毒でも飲んだかだんだんと紫になり、原の果てには夕暮の蒸発気がしきりに逃水をこしらえている。ころは秋。…」山田美沙「武蔵野」より
「…とかくするうち東の空白み渡りて茜の一抹と共に星の光まばらになり…」寺田寅彦「東上記」より
「…ある時茜さす夕日の光線が樅の木を大きな篝火にして、それから枝を通して薄暗い松の大木にもたれていらっしゃる奥さまのまわりを眩く輝かさせた残りで、お着衣の辺を、狂い廻り、ついでに落葉を一と燃させて行頃何か…」若松賤子「忘れ形見」より

「茜さす」という言葉は、「照る」「紫」等の枕詞として使われる。
朝日や夕陽で照る雲の輝きからだという。

ここで思うのは「紫」
人間が最初に見る色は「紫」だとする説がある。
胎児が認識する色なのだと言う。
また、「Down Purple」というのは「夜明けの色」「朝焼けの色」であるという。
この紫はまさに夜明け、人生の第一歩の色なのだ。

その枕詞の「茜」はやはり朝の色?
それとも夕陽の色?

そんなことをぽろぽろと考えながら車窓に浮かぶのは見事な夕焼け。
朝に夕に、色も匂いも、次のページを繰っていく。
また季節が一つ進むのだ。

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