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2015年7月24日 (金)

鉄の翼

今日は新幹線にて北へ向かう。
福島に入ると最近いつも思い浮かべる人がいる。
お会いしたことはないが、昔から名前はよく知っている。
その人は、「森村大」
漫画家さんである。
 
人は馬に乗るようになって、その行動範囲と情報のスピードは格段と早くなったに違いない。
僕も子供の頃、自転車に乗れるようになってからの行動範囲の広がりは、それはもう2倍や3倍なんてものではなく、もっと立体的でカラフルに見えた。
 
次の衝撃的な世界の扉は「バイク」によって開かれた。
当時の高校生は、みんな(?)バイクに憧れた。
僕も原付免許を取り、すぐに中免(400ccまでのバイク免許)も手に入れた。
 
バイクに乗っているのを親は知っていたのだろうか?
たぶん知っていてなにも言わなかったのだろう。
もちろんバイクを買う金などなく、もっぱら友人や先輩に借りていたのだが。
 
バイクに乗るのは、まるで翼を手にいれたように、僕を海に、山に、森に、運んでくれた。
飛ぶように、自分の意思で、行きたいところに行く。
いつでも。
 
昔は、自分の馬を手にいれてやっと一人前と認められた、なんて話をよく耳にする。
遊牧の人たちや、ミドルアジアの人々の暮らしを垣間見ると、すごく憧れる。
きっと、あの地平線まで行けるような気がしたに違いない。

高校2年生になったばかりのある日、僕は事故った。
大ケガをして親にばれて、免許は高校の体育教官に取り上げられた。
バイクに乗れなくなるのは寂しかったが、事故の恐怖もあったし、何より親に心配をかけたのが心苦しかったわけで。
とりあえずはしばらくバイクから離れることにした。
 
僕は車も大好きだ。
いわゆるスポーツカー、それも4WDのターボのクーペを乗り続けたい、と思っている。
だがやはりバイクの感動とはまた違う楽しみ方なのだ。
 
「人生は旅であり、旅の目的は目的地に着くことではなく、旅そのものにある」と祖母は教えてくれた。
僕が思うに、バイクは乗ることがすでに目的なのだ。
馬は道具ではなく家族であり友人であったのと同じように、バイクもまた心も寿命もある友達であり恋人なのだ。
 
「森村大」さんの描くバイクと人を見ているとそれがひしひしと伝わってくる。
その人は都会を捨て福島は白河の山のなかで(ほぼ)自給自足しているという。
 
会いに行ってみたいな。
2輪か4輪の、
鉄の翼を駆って。

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