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2016年3月12日 (土)

シュレーディンガーの猫、そしてあの日から5年

2014年に発表した「シュレーディンガーの猫」
課題曲効果もあってか、去年・今年と演奏してくれる団体が増えているようで…
嬉しい限りです。
作曲家の皆さんの悲喜交々、少しだけわかります。

さて、この作品。

以前にも触れたとおり、オーストリアの物理学者であるシュレーディンガーの提唱した思考実験による、ミクロとマクロの視点におけるパラドックスを基に描いた作品。
二元性、或いはいくつかの可能性を元に作曲した、とは言え、実際には「猫」そのものを思わせる場面やメロディも登場する。

「シュレーディンガーの猫」 (ブログ)
「シュレーディンガーの猫、或いは怒りの日」(ブログ)
「シュレーディンガーの猫」(wikipedia)

僕が思うに…
我々の体は素粒子でできていて、その粒子は何ら意思のない、確率のみで動いている。
…はずである。
ところが、そんな偶然の塊であるはずの我々はココロを持ち、意思を持って愛をも語る。
何とも不思議で、説明の方法を誰も持ち得ない。

そのミクロとマクロのパラドックスこそが「シュレーディンガーの猫」である。

閑話休題

2011年3月11日…
あの日から今日で5年経った。
人々は立ち上がり、未来を見据えながらも、未だ癒えぬ傷、消えることのない傷跡と今も戦っている。

日本の歪んだエネルギー政策の、挙句の果てが福島原発の悲劇である。
未だ一日に500トンも増え続ける汚染水。
放出し続ける放射性物質。

大きな事故の起きていない原子力発電所でさえ、使用済み燃料を含む核廃棄物の処分方法は確定していない。
安全な廃炉の方法さえ確立されていないのが現実である。

30年間仮保管される予定の放射性物質を含むがれきの焼却灰やがれきそのもの。
その後各地の最終保管施設で保管される予定である。
しかし、その処分地の取得はまだ1%しか完了していない。
30年間では到底放射線は消えない。
物質によっては、人間の歴史をはるかに超える半減期を持つものを、今後いったいいつまで保管・管理し続けなければいけないと言うのか…
黒いビニール袋が、いったい何年持つというのか…
おびただしい数の汚染水のタンクが、破損しないと誰が保証できるのか…

「放射線は○○msvまで人体に影響はない」
そんな政府の報道に惑わされはしない。
それこそパラドックスだ。
化学変化と物理現象を同じ視点から論じることはできない。
例えば、毒性物質が人体に及ぼす影響と、放射性物質が放つ放射線が人体を構成する物質に及ぼす影響を、同じ土俵で論じるのはナンセンスだ。

御しきれない、ばらまかれた現実の恐怖と闘い続け、なおも増え続ける問題から目を背け、なぜ新たな恐怖の種を植えようというのか…

僕は「シュレーディンガーの猫」の、ミクロとマクロのパラドックスに、そんな思いも込めている。

日和見、短絡志向の政治にこれだけ多くの人が反発しているのに…
こんな恥ずかしい人が首相でいいのかなぁ…

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