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2016年3月

2016年3月26日 (土)

残照の時

去年は行けず仕舞い、今年もどうやら行けそうもないのだが、毎年雪山で何日かを過ごすのが決まりだった。
一日雪山で遊び、宿に戻り着替えを済ますと心地よい疲労感に満たされていく。
山入端に日は落ち、夕陽に映えた雪山が仄かに辺りを照らす。
暮れ行く山肌を見ながら、大きな暖炉の横で炎とはぜる薪を眺めつつ、ココアをすすりながら夕食を待つ。
奥志賀高原ホテルでのそんな贅沢な時間が懐かしい。
 
父のヨットは油壺に、母と叔母のヨットは江ノ島にあった。
僕ら兄弟はよく、鎌倉の稲村の砂浜に座り、夕陽を浴びた。
江ノ島のとんがり灯台はやがて逆光でシルエットだけになり、江ノ島が一つの大きな塊になる。
夕凪の時間が終わり、風が戻ってくる。
海鳥たちも家に帰り、僕らも七里ヶ浜から山を登り家に帰る。
振り返ると灯台には灯が点り、海も江ノ島も闇に溶けていく。

町に住んでからも、よく夕暮れまで遊んだ。
家路に着くとやがて残照の残り火も消え、辺りは徐々に闇に包まれていく。
今よりももっと街が薄暗かった時代。
電柱の裸電球は仄暗く、次の電柱まで照らせはしない。
向こうから人が来る。
 
「誰そ、彼?」
それが「黄昏時」のもとになった言葉だと言う。
その時間帯は、所謂「逢魔が時」
「逢魔が時」は古い言葉で言えば「大禍時」
つまり災いの起きる時間帯。
交通事故もとても多い時間帯だと言う。
 
でも「黄昏時」はやっぱり黄金色に染まる時間。
英語で言えば「Magic hour」
 
2016年の春。
そんな残照の街を歩きながら、
或いは、暮れ行く山間の道を抜けながら、
はたまた、足早に歩く人の流れに逆らいながら、
なんだか自分がこの世の人ではないような気がしてくる。
違う時間軸の中で生きているような気がしてくる。
 
自分は何者で、
これから何処へ行くのか、
誰ぞ教えてくれないか?
切符を僕に呉れないか?
 
「まだまだ旅は続くよ」
と、夢に出てきたあの人は言ったのです。

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2016年3月23日 (水)

一人歩きの英雄

いろんなところで『ある英雄の記憶』の作曲エピソードを語っていたら、「虹の国と氷の国」のお話に沿ってあの曲は出来ている、と勘違いしている人がいるようで…
あの曲は、元のお話をベースに再構成した曲です。
言うなれば、スピンオフ・ストーリー。
作曲時に僕なりにイメージしたストーリーもあります。
しかし、指揮者としてこの曲に相対したときに浮かぶストーリーはまたちょっと違うのです。
そもそも大元のお話には汚い服の男の子は登場しません。
英雄は、一人の女の子であり、男の子であり、頑張っている友であり、演奏するあなた自身であるのです。
この曲について、いろいろな物語を創作して送ってくださる方がいます。
そのすべてが本物です。
物語は過去を語るもの。
でも、生の音楽は、今現在創られるからこそ、生なのです。
だからきっと、この英雄の物語は、最後の音が鳴り終えた瞬間に完成するのでしょう。

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銀河鉄道の夜、或いは、久しぶりな気がしない

久しぶりに乗った銀河鉄道。
それは過去の、帰りたくなる懐かしい場所、ではなく、
現在の、進みゆく「今」そのものだった。
「今」は、約7秒経つと「過去」に変わるのだという。
だから、一昨日乗った銀河鉄道の記憶は、もう過去のものになってしまった。
でも、思う。
過去を参考にし、理由にし、糧にしたとしても、
明日を創るのはやはり、「今」なのだ、と。
昨日まで隣にいた友の顔が、明日には遠くなる。
記憶の中の欠片になる。
でも、その「時」は動いている。
止まりはしない。
止めはしない。
今わかった。
自分が今を生き、相手も今を生きていると思えるからこそ、感じる実感なのだと。
少しの間会えない人よ。
僕は「今」を生きているから、あなたもあなたの「今」を生きてください。
また必ず、一緒の「今」を、刻める、歩める、時も来ると信じています。
素敵な演奏と歌と芝居。
僕も一緒に銀河鉄道に乗れたことを、誇りに思います。

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2016年3月18日 (金)

名前を言ってはいけないあの病

ううむ、昨日からくしゃみがやたらと出る。
鼻水もじゃんじゃん出る。
これはまさか、か…
いやいや、違う。
風邪かな?
頭も何となく重いし、
鼻の奥も痛い。
目の奥も痛いぞ…
やはりこれは、かふ…
いやいや、そんなはずはない。
目がかゆい…
頭もちょっとぼーっとする。
目と鼻の痛み、ひどくなってきた…
これはもう、かふ…ん
いや、認めない!
断じて認めん!
これはただの鼻風邪だ!
…すごく、つらい風邪だ…

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2016年3月17日 (木)

北里大学+銀河鉄道の夜

ミュージカル「銀河鉄道の夜」吹奏楽版
3月21日、北里大学にて上演されます。
 
こちらは吹奏楽団の、卒業する4年生を送るべく開催される、謝恩会と言う名のイベントです。
基本的には関係者のみの演奏会ですが、希望する方はご覧いただけます。
 
とは言うものの、通常練習している、体育館講義室での演奏会。
椅子も限られていますし、なんのお構いもできません。
 
「ある英雄の記憶」「展覧会の絵」も演奏します。
聴いてみたいと思われる方は、一応ご連絡ください。
 
僕でも団の関係者でも構いません。
 
キャストも団員から選抜し、機材も限られています。
しかし、精一杯演奏します。(^_^)

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2016年3月14日 (月)

神々の山嶺

つくづく1924年に興味がある
いや、縁があるのか...

3月21日に演奏される、吹奏楽版・ミュージカル「銀河鉄道の夜」
この銀河鉄道の夜、初期版は1924年に書かれている。

以前にも触れたように、僕は1924年に強く惹かれる。
この年近辺にかかれた曲をざっと見渡してみただけでも、
イギリスでは、ウォルトンが「ファサード」(1923)を、V・ウィリアムスは「イギリス民謡組曲」(1923)「海の歌」(1923)「トッカータマルツィアーレ」(1924)を書き、
フランスでは、オネゲルが「交響的断章 パシフィック231」(1923作曲1924初演)を、サティはバレエ音楽「メルキュール」(1924)「ル・ラーシュ」(1924)を、プーランクはバレエ音楽「牝鹿」(1923作曲1924初演)を、ラヴェルは「ボレロ」(1928)「ツィガーヌ」(1924)、イベールが「寄港地」(1924初演)を書き、
かたやアメリカでは、ガーシュウィンが「ラプソディ・イン・ブルー」(1924)「パリのアメリカ人」(1928)、グロフェはミシシッピ組曲(1926)、コープランドは「劇場のための音楽」(1925)を書き、

はたまたイタリアでは、レスピーギがローマの松(1924)を書き、
あろうことかドイツでは、R・シュトラウスの「ウィーンフィルのためのファンファーレ」(1924)「ウィーン市役所のファンファーレ」(1924)、クルトヴァイルの「三文オペラ」(1928)、ベルクの歌劇「ヴォツェック」、ヒンデミットのオーケストラのためのコンチェルト(1925)が書かれ、
ロシアに目を向ければ、ストラヴィンスキーはピアノ協奏曲(1924)を、プロコフィエフは交響曲第2番(1924)を書き、
コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」(1925)、シベリウスの交響曲第6番(1923)交響曲第7番(1924)交響詩「タピオラ」(1925)、バルトークの「舞踏組曲」(1923作曲1924初演)、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」(1926)、等々...
ことほど左様に、枚挙に暇がないわけである。
 
閑話休題

夢枕獏の「神々の山嶺(いただき)」という作品がある。
山を舞台に描かれる人間模様。
しかしなんといっても山の描写がすさまじいのだ。
それをかの谷口ジローが劇画家したものもある。
これがまた素晴らしい!面白い!絶対おすすめの作品なのである。
 
それがなんと実写映画化された。
そして今日が公開初日。
リハーサルが予定よりもかなり早く終わったので、意を決して見に行った。
 
物語の重要なキーになっているのが、「古いカメラ」
このカメラ、1953年にエヴェレスト(=チョモランマ=サガルマータ)の初登頂を果たしたとされるヒラリーよりはるか以前に、マロリーとアーヴィンによる初登頂を証明する証拠になるかもしれない、のだ。
 
そして、マロリーがエヴェレストで消息をたったのもまた、1924年なのである。

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2016年3月12日 (土)

銀河鉄道の夜

ミュージカル「銀河鉄道の夜」

吹奏楽版が非公式ですが上演されます。

3月21日、北里大学・相模原キャンパス・学生ホール、にて。

吹奏楽団の謝恩会のイベントとして。

しかし、できる限りの練習をし、指揮の西村友とナレーション・演出の中島透さんは、本家オリジナルです。

演ずるのは吹奏楽部の学生。
もちろん演奏も。

照明も舞台装置もありませんが、2014年の上演とほぼ同じ形で演奏されます。

公表しても良いというお墨付きをもらったので宣伝します。

折角なので興味ある方はぜひ。

他にも「展覧会の絵」「ある英雄の記憶」等も演奏します。

午前中がリハーサル、午後が本番。

何のお構いもできませんが…(^-^)

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シュレーディンガーの猫、そしてあの日から5年

2014年に発表した「シュレーディンガーの猫」
課題曲効果もあってか、去年・今年と演奏してくれる団体が増えているようで…
嬉しい限りです。
作曲家の皆さんの悲喜交々、少しだけわかります。

さて、この作品。

以前にも触れたとおり、オーストリアの物理学者であるシュレーディンガーの提唱した思考実験による、ミクロとマクロの視点におけるパラドックスを基に描いた作品。
二元性、或いはいくつかの可能性を元に作曲した、とは言え、実際には「猫」そのものを思わせる場面やメロディも登場する。

「シュレーディンガーの猫」 (ブログ)
「シュレーディンガーの猫、或いは怒りの日」(ブログ)
「シュレーディンガーの猫」(wikipedia)

僕が思うに…
我々の体は素粒子でできていて、その粒子は何ら意思のない、確率のみで動いている。
…はずである。
ところが、そんな偶然の塊であるはずの我々はココロを持ち、意思を持って愛をも語る。
何とも不思議で、説明の方法を誰も持ち得ない。

そのミクロとマクロのパラドックスこそが「シュレーディンガーの猫」である。

閑話休題

2011年3月11日…
あの日から今日で5年経った。
人々は立ち上がり、未来を見据えながらも、未だ癒えぬ傷、消えることのない傷跡と今も戦っている。

日本の歪んだエネルギー政策の、挙句の果てが福島原発の悲劇である。
未だ一日に500トンも増え続ける汚染水。
放出し続ける放射性物質。

大きな事故の起きていない原子力発電所でさえ、使用済み燃料を含む核廃棄物の処分方法は確定していない。
安全な廃炉の方法さえ確立されていないのが現実である。

30年間仮保管される予定の放射性物質を含むがれきの焼却灰やがれきそのもの。
その後各地の最終保管施設で保管される予定である。
しかし、その処分地の取得はまだ1%しか完了していない。
30年間では到底放射線は消えない。
物質によっては、人間の歴史をはるかに超える半減期を持つものを、今後いったいいつまで保管・管理し続けなければいけないと言うのか…
黒いビニール袋が、いったい何年持つというのか…
おびただしい数の汚染水のタンクが、破損しないと誰が保証できるのか…

「放射線は○○msvまで人体に影響はない」
そんな政府の報道に惑わされはしない。
それこそパラドックスだ。
化学変化と物理現象を同じ視点から論じることはできない。
例えば、毒性物質が人体に及ぼす影響と、放射性物質が放つ放射線が人体を構成する物質に及ぼす影響を、同じ土俵で論じるのはナンセンスだ。

御しきれない、ばらまかれた現実の恐怖と闘い続け、なおも増え続ける問題から目を背け、なぜ新たな恐怖の種を植えようというのか…

僕は「シュレーディンガーの猫」の、ミクロとマクロのパラドックスに、そんな思いも込めている。

日和見、短絡志向の政治にこれだけ多くの人が反発しているのに…
こんな恥ずかしい人が首相でいいのかなぁ…

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2016年3月 6日 (日)

雨の匂いと春の月

朝から雨の匂いがする
不思議と、冬の間は雨の匂いを感じない
つまり、冬が終わりを告げたのだ

昨日は啓蟄
虫たちも這い出す春の入り口
まだ冬のままでいてほしい
冬らしいこと何もしてない
もっと具体的に言えば
スキーに行きたい
雪山に行きたい

春の風は穏やかに頬を撫でる
なんだか泣きたい気持ちになる
新しい季節がすぐそこまで来ている

季節は変わり、人も変わる
僕はいつまで僕なんだろう?

取り残されたような気持ちのくせに、
心はいつも走っている

想い出や記憶はスローモーションのくせに、
現実はいつもリアルタイムで駆け抜ける

失うことは恐れるくせに、
新しい出会いをいつも求めている

・・・

やがて雨が降り出した

少し前、雲の間から束の間顔を出した月を
何人が見ただろう?

赤い月を見ながら、

春について少し想ったのです

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