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2016年3月14日 (月)

神々の山嶺

つくづく1924年に興味がある
いや、縁があるのか...

3月21日に演奏される、吹奏楽版・ミュージカル「銀河鉄道の夜」
この銀河鉄道の夜、初期版は1924年に書かれている。

以前にも触れたように、僕は1924年に強く惹かれる。
この年近辺にかかれた曲をざっと見渡してみただけでも、
イギリスでは、ウォルトンが「ファサード」(1923)を、V・ウィリアムスは「イギリス民謡組曲」(1923)「海の歌」(1923)「トッカータマルツィアーレ」(1924)を書き、
フランスでは、オネゲルが「交響的断章 パシフィック231」(1923作曲1924初演)を、サティはバレエ音楽「メルキュール」(1924)「ル・ラーシュ」(1924)を、プーランクはバレエ音楽「牝鹿」(1923作曲1924初演)を、ラヴェルは「ボレロ」(1928)「ツィガーヌ」(1924)、イベールが「寄港地」(1924初演)を書き、
かたやアメリカでは、ガーシュウィンが「ラプソディ・イン・ブルー」(1924)「パリのアメリカ人」(1928)、グロフェはミシシッピ組曲(1926)、コープランドは「劇場のための音楽」(1925)を書き、

はたまたイタリアでは、レスピーギがローマの松(1924)を書き、
あろうことかドイツでは、R・シュトラウスの「ウィーンフィルのためのファンファーレ」(1924)「ウィーン市役所のファンファーレ」(1924)、クルトヴァイルの「三文オペラ」(1928)、ベルクの歌劇「ヴォツェック」、ヒンデミットのオーケストラのためのコンチェルト(1925)が書かれ、
ロシアに目を向ければ、ストラヴィンスキーはピアノ協奏曲(1924)を、プロコフィエフは交響曲第2番(1924)を書き、
コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」(1925)、シベリウスの交響曲第6番(1923)交響曲第7番(1924)交響詩「タピオラ」(1925)、バルトークの「舞踏組曲」(1923作曲1924初演)、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」(1926)、等々...
ことほど左様に、枚挙に暇がないわけである。
 
閑話休題

夢枕獏の「神々の山嶺(いただき)」という作品がある。
山を舞台に描かれる人間模様。
しかしなんといっても山の描写がすさまじいのだ。
それをかの谷口ジローが劇画家したものもある。
これがまた素晴らしい!面白い!絶対おすすめの作品なのである。
 
それがなんと実写映画化された。
そして今日が公開初日。
リハーサルが予定よりもかなり早く終わったので、意を決して見に行った。
 
物語の重要なキーになっているのが、「古いカメラ」
このカメラ、1953年にエヴェレスト(=チョモランマ=サガルマータ)の初登頂を果たしたとされるヒラリーよりはるか以前に、マロリーとアーヴィンによる初登頂を証明する証拠になるかもしれない、のだ。
 
そして、マロリーがエヴェレストで消息をたったのもまた、1924年なのである。

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