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2016年8月 2日 (火)

国立新美術館とルノワール

国立新美術館はダムである。
種別で言うなら、アーチ式コンクリートダム。
奈川渡ダムや黒部ダムに代表される。
 
この美術館、常設コレクションを持たない。
つまり開館されるときは必ず企画展。
で、今回はルノワール展。
 
僕は作品も美術館も大好きだけれど、美術品自体に詳しいわけではない。
かのルノワールだって何も語れるものは持っていない。
だから今回の様々な作品との出会いは楽しく、新鮮だった。
 
でも…
やっぱりお客さんあっての美術展なのだろうか…
展示されている作品たちは人気のありそうな作品が多かった。
新古典派に傾倒したころの硬く暗めの色彩の絵はなかった。
 
しかし、よくよく考えるに、教科書のように、すべての時代を網羅し、作品を系統だって並べ、、彼の創作のすべてを丸裸にするのが正しい絵画展だ、とばかりは言えないだろう。
企画者の意図や愛情も絵画展の楽しみ、醍醐味、だとも言えるから。
 
と言うわけで、とっても楽しめるルノワール展だった。
 
僕は印象的画風が大好きで、音楽も同じ。
新しい感性とと技術に芸術性を開花させた、様々な可能性の一つである。
ルノワールは後に疑問と独自性への探求から新古典(と呼ばれたくはないだろうが)へと傾向した。
まるでストラヴィンスキーのようでもある。 
 
僕が勝手に、無知を盾に私見を述べるならば…
ルノワールは「光」の作家。
創作の前半では降り注ぐ光を描き、人生の後半では下からの光を描いた。
僕はフェルメールやワイエスも「光を描いた画家」だと思っているが、みんなもちろん違った感性で描いている。
 
肖像画や裸婦画にはあまり現れなかった降り注ぐ光の描写が、いくつかの作品に見ることが出来た。
それもとても興味深かった。
僕はルノワールを印象派の画家だ、とは思っていないが、印象的作風の作品たちはやはり素晴らしく、心をとらえて離さなかった。
もう一つ驚いたのが、有名(らしい)な「ムーラン・ギャレットの舞踏会」はきちんとモデルを雇って描かれた作品だ、と言うこと。
きちんとスケッチと習作と推敲を重ねたうえで作品を仕上げている、と言うこと。
 
全然知識がないから、先入観がないから、さらに楽しめたのかもしれない。

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コメント

横浜美術館で開催中のメアリーカサット展も良さそうですよ!

投稿: | 2016年8月 3日 (水) 09時01分

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