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2016年9月

2016年9月30日 (金)

音のキャンバス

なんだかとっても作曲したい。
ソナタが書きたい。
室内楽が書きたい。
弦楽四重奏かサックスかトロンボーンのカルテットが書きたい。
シンフォニーも書きたい。
 
湧く。
ワクワク。
 
愛用の五線紙を開くと、書きかけの曲がたくさん…
つらつら弾いてみると…
良い曲で感動したり感心したり懐かしかったり。
 
さて、と新規のページを繰ると…
 
ない…
 
ありゃりゃ、たくさんあると思っていたけれど、気が付くともう残りわずか。
 
僕の愛用はこれ
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ECHOの20段、A3、小節線あり。
 
ネットで検索~♪
ところが…
 
ないのです。
何処にも。
島村楽器にも!
 
重版の予定もないとか…
まさかこのまま廃版!?
これの愛用者、かなりいると思うんだけど。
 
何とか買えたのがこれ
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同じくECHOの20段、A3、小節線なし。
 
まあ、これでもいいか…
ライトな曲の場合、小節線ありの方が効率がいいんだけれど…
あらためて見てみると、とっても自由。
例えるならば前者はコースのあるプールで泳ぐ感じで、後者は自由な3Dの大海原で泳ぐ感じ。
…う~ん、広すぎる…かも…
 
ちなみに、むかし三枝先生のところで書いていたころに使っていたのはこれ。
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ECHOの18段、B4、小節線あり。
ECHO製なのに、三枝成章の名入り!特注!
これも使いやすい…けどもったいないからゆっくり使ってる。
あと2冊しかないし。
 
PCで作曲するのはもっとライトな曲とアレンジ、オーケストレーションだけ。
作曲はちょっと厚めのオフホワイト、これがいいんです。
まあ、エラそうに言うほど作曲してないんですけどね…(^_^)

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2016年9月21日 (水)

サックス、デュオリサイタル

今日はオオサカシオンの井澤裕介さんと赤木俊祐さんとのデュオリサイタルが目黒パーシモンにて開催されます。
ピアノはもちろん、ゲストプレイヤーあり、委嘱新曲の初演あり、と盛りだくさんで楽しみ!
僕の曲も2曲やってくれるそうです。
「PopDanceSuite」と「Sax Duoの為の組曲」
「PopDanceSuite」は田村哲君の委嘱で作曲し、初演も彼。
さらに吹奏楽伴奏版も作られ、やはり田村哲君が初演。
先日の青陵ウインドオーケストラの演奏会では、兄の田村真寛君の演奏で再演されました。
この曲の原型になったのは実は「東京中低域」との共演の為に書いた「5本のバリトンサックスと吹奏楽の為のコンポジション」。
幾つか共通のモチーフもあります。
今回井澤君はアルトサックスの為に書かれたこの曲を原型にちなんでバリトンサックスで演奏するそうです。
楽しみ!!!
「Sax Duo」は前出の田村兄弟のデュオリサイタルのために書き下ろした作品。
「1.Player」「2.Prayer」「3.Interplayer」
の3曲からなり、同一のテーマが変容されます。
Prayerでは祈りの言葉がモノローグとして書かれており、東北大震災の翌日に作曲された作品です。
 
こちらも楽しみです!
今からでも間に合います!
ぜひ、聴きに行きましょう!!!
そして…
今晩深夜、
「往く夏を惜しむ深夜のBBQ」
を急遽開催します。
深夜から明日朝までお暇な方、誰でも、突然の参加をお待ちしています。
今のところ二人ですが…
意外なあの人に会えるかも?
 

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2016年9月19日 (月)

雷神の少し響みて…

雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて…
これは柿本人麻呂のうたの冒頭部分。
「雷が鳴って雨がひどくなって帰れなくなって、あなたがずっとここにいればいいのに…」
という歌と、
「雷が鳴って雨がひどくなったりしなくても、あなたが望むならば私はここにいますよ」
という二つの歌。
新海誠監督の「言の葉の庭」で使われた歌。
 
「君の名は。」
が大ヒットしている、のだと言う。
 
2回見た。
 
様々な、様々な作品の影響をつぶさに見ることが出来る。
色々な経験の影響ではなく、はっきりと「他の作家の作品」の影響。
その是非や好き嫌いはともかく。
僕はこの映画が好きだ。
 
「星を追う子供」も見た。
ジブリ作品としか思えない内容。
でも、好きだ。
 
「言の葉の庭」
「秒速5センチメートル」
「ほしのこえ」
だって、他の作品からの影響を垣間見ることはできる。
でも、それは少ない。
どちらかと言うと、他の作品はきちんと新海さんの創作の糧になっている。
 
既視感があろうと、普遍的なテーマだろうと、使い古されたアイディアだろうと、好きなものは好きなんだ。
見てぇものは見てぇんだ(DVD版より)
 
次の作品もきっと見る。

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2016年9月12日 (月)

山に登る

また一つ演奏会が終わりました。
長く練習した曲と別れるのは、寂しいものです。 

僕はいつも思います。
一つの演奏会、一つの曲を仕上げるのは、一つの山に登るのに似ている、と。
山の頂上に登るのにはいくつもの方法があります。
急峻な道、なだらかな道、西、東、南、北、それぞれ表情の違う道、等々・・・
どの道を行くにせよ、自分の足で登る、のが大切だと思うのです。
ゆっくりでも、一歩ずつ積み重ねて、その一歩一歩が少しずつでも頂上に近づいていく。
乾いた喉を潤す谷川の水の美味しさに感動し、ふと目にした可憐な高山植物の花に癒され、心奪われ、
同じような、見たことのある景色のようでも、自分の足で登ることで明らかに新たな感動を呼び起こし、全ては初めて見る景色であることにあらためて気付かされ、
時には疲れ、力を失いかけ、でもその時に励ましてくれたり叱ってくれたり、そっと添えてくれた手の暖かさに涙したり。
空も雲も風も全てが輝いて見えるのは、自分の足で登ったものだけに与えられる特権だと思うのです。

山の頂上に登るのが目的のすべてではない。
その一歩一歩全てが、その旅の全てが真の目的なのだ。
頂上に立つだけなら、ヘリコプターでも行ける。
でも、自分の足で登った者にしか見えない景色がある。
だから、また次の山に登るのですね。
一歩でも美しい景色を見るが為に、今日も小さな一歩を、明日もまた一歩を、積み重ねるのですね。
何年か経って、また同じ山に登るとき、山はきっとまた違った景色と感動を与えてくれるのだと思います。

閑話休題...
 
本屋などに立ち寄ると、つい山の本や地図に手が延びます。
時々買った地図を眺めながら、予定もない山行をシミュレーションして、紙に行程を書いてみたりします。
行きたい山もあるのです。
意味もなくザイルやカラビナ集めたりして。
朝起きて
「今日行っちゃうか!」
なんて思ったりするのですが、
今の僕が思い付きで行ったりしたら、多分帰ってこれないでしょうね...

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忘れる、と言うこと

名前を忘れる、言葉を忘れる、物事を忘れる…

大切なことが忘却の海に飲み込まれ沈んでいく。
それは多くの場合、寂しく、悲しい。
でも、そうとばかりも限らない。

例えば、
楽器を演奏していて、自分の技術を高めるためのアドヴァイスや指摘を、いつも心に置いて練習していたのにいつの間にか忘れてしまう…
それはきっと、その技術を手に入れたから、様々な言の葉は溶けて消えて、血となり肉となり骨となって体の一部になったからなのだ。
もちろんそうでない忘れ方もあるのだけれど…

或いは、事細かに思い出せない小学校時代の他愛もない日常の一ページ。
それらだって、きっと今の僕を形作る礎の一つになっているに違いない。
思い出したくない過去の失敗など、自ら封印した記憶もあるのかもしれないが…

3歳以前の記憶は人は思い出せない、と言う。
なにかの理由があってロックされているのだ、と言う人もいる。
3歳以前の記憶には前世の記憶も含まれるからだ、というのだ。
真偽は疑わしいが、愛に包まれていた幼児期の記憶はきっと、心のもっと深いところに眠っていて、いつかその愛情を他人に注げるのだろうとも思う。

人生の黄昏時、人は記憶が曖昧になる。
それは、人生と言う旅の終わりに、もう一度幸せと感動を新鮮に味わうための、神様からの最後のプレゼントだ、と言う人もいる。
これまた眉唾ではあるのだけれど、慰めとしては受け入れられなくもない。

今思い出せないいろいろな人、事柄、景色、色々な想い出の記憶…
或いは、思い出し、反芻することの減ったすべての経験の記憶、記録。
それらはきっと、今の僕を作る大切な素材となっていて、同じ今を生きる心の細胞として同じ時を刻んでいる、と信じたい。

今は会えないあの人も、もうすでに自分の一部なのだと感じたい。

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2016年9月 8日 (木)

iPhone7

iPhone7とやらが発売になるらしい。
 
iPhoneとやらはなかなかデザインもいいし、使い勝手もよさそうだし、まあ買ってやってもいいかな…
なんて上から目線で思っていたのだが、僕の欲する機能が付いていないので買い替え候補には最終的に入らない。
その機能とは…所謂「おサイフケータイ」
モバイルsuicaとかのアレである。
この機能のおかげで何度も助けられている。
現金の手持ちがなかった時や時間がなかった時の、駐車場や公共の乗り物や自動販売機やキヲスクなどで、とってもとっても重宝するのである。
東日本では新幹線の切符を手軽に、割安で購入できる。
 
ところが…
今年の頭に家電量販店に行くと、法制が変わるとやらでナンバーポータビリティの最後のオマケ合戦が展開されていた。
「iPhone6(64GB)が1円で手に入り、さらにヨドバシカメラのポイントが50000円分入る」と言うのだ。
どう考えてもお得である。
50000円分のポイント、と言うのはそのまま50000円分の買い物ができる、と言うことだ。
で、長年使ったauからSOFTBANKに乗り換え、おサイフケータイの使えないiPhone6Sを手に入れてしまった。
 
ところで、僕のメイン携帯はdocomoである。
ガラケーであるがまったく困らない。
モバイルsuicaも快適に使える。
でも、電池の持ちも悪くなってきたし、そろそろスマホかなぁ…なんて思っていたら。
iPhone7
の登場である。
 
そう。
使えるのである。
おサイフケータイが、モバイルsuicaが。
これで新機種はiPhone7に決定だ!
だ…が、iPhone6も使っている…
二つiPhoneを持つ理由は見つからない…
さて、どうするか…
 
話は変わるが、あえてここで言わせてもらう。
SOFTBANKはつながらない。
孫社長が北海道で「こんなにつながらないのは遺憾である!工事を急げ!」と言ったとか言わないとか…
兎に角、先日の北海道大水害の最中、SOFTBANKはまったくつながらなかった。
原因はよくわからないが、現地の人が言うには、普段はつながるのだそうだ。
占冠や南富良野やトマム、全てで不通だった。
僕以外の持ち主もみんな。
docomoの電池も切れてしまい、本当に心細かった…
 
あえて言わせてもらうが、他社に比べて僕の中での信頼度は地に落ちた。
一刻も早く解約したい。

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「君の名は」或いは「君の名は。」

数寄屋橋と真知子巻き。
ラジオドラマの「君の名は」は1952年の作品。
 
少女がタイムリープ(時間跳躍)をするSF「時をかける少女」は1965年が初出。
 
大林亘彦監督の映画「時をかける少女」は1983年。
尾道三部作の「さびしんぼう」では不思議な世界と自分の欠片を探す旅を描き、「転校生」では男女の心と体が入れ替わる。
細田守監督は2006年に「時をかける少女」を世に出し、「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」とアニメの世界に立て続けに新風を送り込んでいる。
 
新海誠監督の「君の名は。」
SFの世界観のボーイミーツガールである。
「ほしのこえ」でも過去(未来)からのメッセージと心の融合を描いている。
過去から続く、この作品に至る系譜を知らなくとも、観る人は感動し、感銘を受ける、素晴らしい映画だと思う。
美しく緻密な画面は、それだけでも観る人を魅了する。
 
3年と言う離れた「今」を生きる三葉と瀧。
それぞれが「今」であり、やがてその「今」は重なる。
 
「今を今描いた映画」であり、やはり「今は今しか描けない」と思うのだ。
観る人は、その人の人生の「今」として、そこに何を見るのだろう?
憧れ?羨望?過去の痛み?記憶?想い出?セピア色の感傷?
きっと年代によって見る角度が違い、見えるものも違うのだ。
 
僕は今の自分をして、過去と現在と未来を、同時に感じている。
 
過去の、現在の、未来の、
あの人に会いたい、と思う。

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2016年9月 6日 (火)

晩夏

ほぼ毎年書いているのです。
晩夏のおはなし。
 
子どもの頃の夏の終わりは、間違いなく八月の終わりと同義でした。
たった一日を境に、空は高くなり、風は香りを変え、縫い付けるようだった日差しは暖かみする感じる…
そうだったはずなのですが…
 
昔の自分のエッセイを読んでみると、どうやら忙しいのが嬉しかったみたいで…
なんだか恥ずかしい…
今は、今の自分を忙しいなんて感じない…
時間と季節は矢のように過ぎていくんだけれど、気が付くとゆっくり歩いている。
その変化の美しさと儚さを、見逃さないように。
ふと見上げた空の、染み入るような色に、つい見とれたりしながら。
 
夏の喧騒がだんだん収まって、街も海辺も山の麓も、だんだん夕暮れのように落ち着いていきます。
子供の頃のような八月と九月の明確な区切りがなくなり、残暑もどんどん伸びていくのに、、それでもやっぱり九月は茜色。
 
過行く時間が胸を締め付けるのは、止まることのない今が、7秒後にはすべて過去になり、その刹那が二度と戻らないことを知っているから。
刹那は切なく儚い、だから大切なのですね。
もちろん音楽も刹那の芸術。
死があるから生が美しく輝くわけで。
 
でも、今年はどうしても夏の終わりを感じたい。
深夜の焼肉パーティー、しませんか?

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2016年9月 1日 (木)

台風10号in 北海道

8月の終わりは北海道。
29日のお昼の飛行機で帯広入り。
おりしも迷走台風10号が東北・北海道方面に上陸の予想。
 
この台風10号、散々迷走した挙句に太平洋側から東北・北海道地方への上陸、というとってもとっても珍しい行動をとっているのです。
しかし羽田~帯広には大きな影響はなく、帯広も雨のみで風はなく、翌日の旭川での仕事にも大きな影響はない、と思われたのでした。
 
帯広・芽室でのリハは、とってもアツ~く楽しいものになりました。
まだまだ発展途上の若い音楽家たち。
粗削りながら立派な演奏家でした。
もっと鍛えたいなぁ…
再会を楽しみにしています。
で、夜は豚丼。
はっきり言って、さいこーです。
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翌日30日は朝から旭川に移動。
いろいろ考えた末にレンタカーにて移動。
運転も自分で。
31日に再び帯広で朝からリハがあるため、またホテルは帯広にあるため何とか今日中に帯広に帰りたいのですが、方法はこれしかなさそうなので…
 
30日朝、帯広の天気は雨。
でもそれほど強くもなく、空もうっすら明るくて。
ラジオでも札幌は快晴で暑くなりそう、とのこと。
旭川には16時ごろに着けばOK。
と言うわけで物見遊山でスタートしたのです。
思えば、甘い考えでした。
 
途中いくつも魅力的なダムがあったものの今回はあきらめ、一路富良野を目指します。
途中チーズ工房でチーズとワインを買い、富良野では美味しいコーヒーとシチューを頂きました。
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途中美瑛では信じられないような美しい二重の虹と出会い、
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旭川で時間調整に入ったファミレスでは信じられないような先輩との邂逅もありました。
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大学時代の後輩が指揮する楽団でのリハは、短いながらも充実したものでした。
とっても素直な良い音の楽団。
技術的にも鍛えられていました。
これだけ技術があるならば、丁寧に細部を演奏すれば表現力ももっと上がるでしょう。
これまた、再会が楽しみです。
 
さて、問題はこれから。
夜19半頃に旭川を後にして帯広に向かいます。
途中ひどくなる雨と風。
富良野を越える頃には道路は飛ばされた大小の木々に覆われ、激しい風と雨が車体を大きく揺らします。
気が付くと街灯も消え、民家の灯りも見えませんし、対向車も他の車も見当たりません。
真っ暗な道、激しい風、いつ動けなくなるとも限らない、本当に恐怖のドライブでした。
 
そして南富良野に着くと、道路災害による通行止め、の表示。
通行止めポイントの、道の駅「南富良野」には、入りきれない多くのトラック・乗用車が行列し、風雨の中開通を持っています。
 
警官と道路関係者の話では、他の道路もほとんどが通行不能の今、ここで開通を待つのが残された方法だ、と言うことでした。
旭川に戻り、遠軽経由で行く方法もあるけれど、所要時間は9時間ぐらいかかる、とのこと。
ここで待つ以外に手はなさそうです…
さいわい、水もあり、携帯も通じるようですし、30分ほど歩けばコンビニもあるようです。
 
…午前2時ぐらいでしょうか、クラクションの音で目が覚めました。
警官たちが叫んでいます。
兎に角この場所から動け、との指示でした。
気が付くとタイヤが見えなくなるほどの水。
誘導に応じて車を移動しましたが、今にも止まってしまいそうな水位です。
こんな水の中を走ったことなど今までもちろんありません。
見ると、数台の車がすでに立ち往生しているようです。
恐怖の中何とか水を抜けたところで、再び他の車たちとともに待機に入ります。
 
明け方の頃には、雨も弱くなり、風もずいぶん治まってきたようです。
コンビニまで歩くと、このあたり一帯は停電しているようで、コンビニも真っ暗、食べ物も飲み物もほとんど空っぽ。
お茶とポテトチップとカステラを手に入れて車でさらに眠れぬ時間を過ごします。
 
うとうとしたのか、激しいヘリコプターの羽音で目が覚めました。
時計を見ると7時ごろ。
一台前の大型トラックがUターンしようとしています。
運転手さんが教えてくれました。
「会社からの無線だと、この先は橋が落ちたらしい。巻き込まれて行方不明の車もいるらしい。ここにいても可能性は低いので日高か占冠に向かった方が良い」
 
と言うわけで占冠に向かおうとしたところ、昨日通れた道も通行止めに。 
ダム沿いの道を走ると、ダム湖の水は真っ茶色で、今にも溢れそう。
ダムはクレストゲートも開放して対応しているようです。
普段だったら写真を撮ったりしたいところですがそれどころではありません。
ダム下流の川は放流水による激流で恐ろしい水勢です。
はみ出した水流で道路のアスファルト下が大きくえぐられ、今にも崩れそうです。
恐る恐るそこを越えましたが、間もなく崩れることは間違いなさそうです。
 
途中警官に会いました。
話をすると、「旭川から応援に来た。富良野の道は通れず、札幌周りで来た。」
と言います。
道路情報のコピーをもらいましたが、笑っちゃうぐらい見事に、すべての、本当に完全に帯広に行く道は一つも残されていないのです。
 
占冠までたどり着くとそこは万に一つの可能性にかけて(と言うか他に方法も行く場所もないので)高速の入り口に並ぶ車の列が数キロに及んでいました。
占冠インターより一つ帯広寄りのインター「トマム」までした道で行ける、という情報を手に入れたのでそこまで行ってみることにしました。 
 
天候は回復に向かっているようです。
雨は降っていませんし風も弱くなりました。
川の水も少しは引いたようです、がこんな感じ。
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川の水が道路に溢れていた痕跡か、道は泥だらけのところもありましたし、線路も土台が流され、むき出しになっているところもありました。
たどり着いたのは「トマム」インターチェンジ。
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天気はどんどん回復して、10時を回るころには見事な青空と緑の山々と白い雲のコントラストが本当に美しかったのです。
 
インター事務所の方々と何人かのドライバーの方と仲良くなり、いろんな話をしました(コーヒーや食べ物、ありがとうございました。ごちそうさまでした)
兎に角、ここで待つ以外に方法はなく、橋が落ちたり土砂崩れをしている道に比べれば高速道路の方が望みがあるだろう、と言うのがみんなと話したうえでの結論でした。
時間はそろそろ12時。
15時間以上食事らしい食事も睡眠もとっていません。
そろそろ決断をしなければなりません。
 
今日(31日)の仕事はほぼ絶望的です。
連絡してリハはキャンセルしてもらいました。
レンタカーの返却は帯広、フライトは帯広空港、宿泊していたホテルに大きな荷物は全部置いてあります。
方法は二つ。
このままここで開通を待つか、他の空港から帰るか…
 
現在の作業状態等、ここで得られるだけの情報をすべて考慮しても、道路状況が回復する可能性は未知数です。
明日札幌で演奏する予定の(午前中僕がリハする予定だった)楽団は、午後のリハをあきらめて旭川を経由して10時間以上かけて移動することにしたそうです。
僕が帯広に行く理由はなくなりました。
 
航空会社に他の空港発の便に振り替えられないか問い合わせたところ、それは出来ないとの返答。
しかしここでこれ以上待っているのも限界です。
千歳空港から帰ることに決めました。
 
荷物は帯広から自宅に送ってもらうことにして、千歳空港で自力(定価)でチケットを購入することにしました。
レンタカーも連絡の上、千歳に返却することに。
遅延金、回送料、フライトチケット、大きな出費になりましたが、どうやら帰れそうです。
 
なんとか千歳にたどり着きました。 
ホルンを持っている人を見かけ、あれ?と思ったら東京フィル奏者の後輩でした。
彼女たちも、明日の釧路公演に陸路が使えず、急遽。空路で向かうのだそうです。
 
フライトチケットも手に入れ、兎に角フライトまでに何か食べようとお寿司屋さんに入りました。
美味しかった…(^_^)
体力的にはすごくきつかったのに、精神的にはケロッとしています。
金銭的には…きつかった…(*^_^*)
 

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