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2017年6月

2017年6月29日 (木)

山と食欲と私、と僕

山熱が高まって来た。
いつか厳冬期単独登山をやりたい!
と思っていたが、それは夢のまた夢…
まずは健康になりたい…と思う今日この頃…

山のマンガや山の本、地図や雑誌、読み耽ってはふゥと嘆息する。
昔彼女と軽装のまま上高地から西穂高山荘まで登り、説教を喰らった上に一泊させてもらって下山したことがある。
キチンと装備して、今度はあの先まで行ってみたい。

八ヶ岳にも挑みたい。
つまりはマンガやからの受け売りなのだが、兎に角、山でゴハンが食べたい。
夏の八ヶ岳縦走。

低山での楽しみももっと知りたい。
目下の狙いは「鎌倉アルプス」
北鎌倉は建長寺の辺りから辺りから入って縦走する。
鎌倉にそんな楽しみがあるとは!と、嬉々として母に話すと、「あんたその辺りは子供の頃しょっちゅう歩いてたわよ」、ですと。

ゼンゼン憶えていない…
確かめに行かねば…

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2017年6月25日 (日)

風立ちぬ

春は去り、
夏は来ぬ。
 
風は吹いているか?
 
吹いている。
吹き続けている。
 
追い風?向かい風?
 
いいや、そうではなく、
背中を押す風だ。
気づかせる風だ。
靄を吹き飛ばす風だ。
 
風は吹いている。
吹き続けている。
 
だから、生きねばならない。
書かねばならない。 
振らねばならない。
 
否、
生きたい。
書きたい。
振りたい。
 
イドの中からあふれでる。

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2017年6月15日 (木)

妄想のススメ

電車に乗ると、みんなスマホを見ている。
「イマドキの若いもんは…」
などと言う気はさらさらないが、
それにしても、ほとんどの人が見ている。
 
長いものに巻かれたくない。
生来天邪鬼なのだ。
だからそんな、皆がスマホ画面を見つめている、不思議な空間を冷ややかに眺めたりする。
 
などとエラそうに宣っておきながら、僕もスマホを見る。
メールだったり、ゲームだったり、乗換案内だったり…
 
それぞれ必要な情報だったり、有効なその時間の使い方、であることは疑いの余地がない。
だから、「冷ややかに眺める…」なんてのは恐悦至極、まったくもって、「お前何様?」なのであるわけだが…
 
スマホのなかった時代だって移動時間に、
本を読む。楽譜を読む。漫画を読む。映画を観る。音楽を聴く。
今はそれがスマホを通して行われているだけであって、つまり手段が変わっただけで、昔からあった風景なのではないか?
 
いや、そうとばかりも言えない。
 
情報が多いのだ。
機能も多いのだ。
誘惑も多いのだ。
あれもこれもできるから、あれもこれもしているうちに、あっという間に時が過ぎる。
そして、なんだか、答えが短絡的にそこにある。
手に入ったような、理解したような、気にさせてくれる。
 
最近気が付いた。
スマホを手に入れた僕が、以前と比べてはっきり失ったものがある。
 
それは、考える時間。
あれやこれやと想いを巡らす、妄想の時間。
 
懸案を整理したり、夢や希望を無限に膨らませたり、
想像したり、創造したり、
未来を思い描いたり、過去の想い出の中の景色を反芻したり、今見える景色にキャプションを付けたり、
まだ見ぬ世界に心躍らせ、目をつぶって宇宙や、ミクロの世界とマクロの世界に想いを馳せたり…
 
まったくもって、妄想の世界は広くて、自由だ。
 
そんな時間が、人には本来必要なのではないか?
想像力が心を豊かにするのではないか?
 
などと思いつつ、今日もスマホは必需品なのである。
だからこそ、意識的にスマホをカバンの奥底に沈め、深呼吸をひとつする。
それだけでイマジネーションの扉は開かれ、物語は始まる。
 
お試しあれ。

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2017年6月13日 (火)

無題

ふわりと、雲のような人でした。
 
まだ楽器をはじめて間がないから、と
オーケストラの経験がないから、と
まだまだうまく演奏できないから、と
いつも控えめで、でも一生懸命で、
 
人数が少なくて、いろいろ負担が重かった時、
演奏面でも、不安と重圧で、
辛い時もあったかもしれません。 
でも、いつも楽し気で、あきらめないでくらいついて、
 
本当に本当に、支えだったのです。
僕にとって、僕らにとって。
 
そこにいてくれることが、何より力になった。
そんなあなたに、
何がしてあげられるだろう、どうしたら楽しいだろう、
 
いつも考えていたのです。
 
今僕らがあるのは、
お世辞でも大袈裟でもなく、あなたのおかげです。
あなたに続いた若い人たちが、今演奏をしています。
 
もう一度、きっと一緒に演奏できると信じていました。
微塵の疑いもなく、そう思っていました。
 
あなたが楽しいと思える演奏、練習、本番、
それは僕が忘れてはならない、大切なことだと思っています。
 
あなたの教えを忘れません。
 
雲の上で、ふわりと笑って、見てくれていたらいいな。

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2017年6月 9日 (金)

14番目の月

「次の夜から 欠ける満月より 
14番目の 月が一番好き…」(松任谷由実)
 
昨日は満月の一日前、十四夜。
あまりに綺麗で、なんだか胸がどきどきした。
友人と深夜の定例会。
ゲームは「14-1」
15個のボールを使うビリヤードゲーム。
14個までポケットしたら、14個を再びセットし、最後の一つを落としつつブレイクし、次の一手を探す。
いつまでも完成することのない15個。
14-1GAME...
 
日光の東照宮には、「逆柱」という有名な逆さまの柱がある。
「完成した時から崩壊が始まる」という考えからだというが、他にもこういった例はある。
徒然草にも「完全なるものは好ましくない」とされ、どこかに造り残しや、他と少しだけ違った意匠(デザイン)を使ったりする。
江戸時代には「瓦三枚残し」などと言われたそうだ。
 
友人の作曲家Kくんと話している時にもそんな話になった。
彼の師匠も、そして彼もまた、自作についてそんな思いを抱いているのだそうだ。
 
14th moon...
高校生のころ通ったイタリア料理店の名前。
そして松任谷由実の歌。
 
十五夜「満月」、十六夜「いざよい」
などの呼称と並んで、十四夜のことは「待宵月」とも呼ばれるそうな。
 
満つるのを待つ宵の月。
決して完成しないパズルのピース。
 
完成を自認したときに進化は止まる。
心意気や良し。
 
しかし、僕の月は今何夜なのでしょう?
むしろ十四夜に憧れる、
14th moon と14-4Gameの、
待つ宵の月夜話でございました。
 
 
 
 

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