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2020年9月 9日 (水)

Ballet Mechanique バレエ・メカニック

フェルナン・レジェの「バレエ・メカニック」を観る。
実は美術館の展示で見るのは生まれて初めて。
※参考 https://www.youtube.com/watch?v=wi53TfeqgWM

1924年の作品(!!)
(僕は1924年頃の音楽に一方ならぬ思い入れがある。…別述)
ジョージ・アンタイルが音楽を担当、とあるがアンタイルの作品リストでは1926年の作品とされている。
それも、コンサート作品として作曲された、とあるので詳細をもう少し調べたい。

僕が「バレエ・メカニック」を初めて知ったのは、まずアンタイルの音楽から。

Ballet-machanique-sample
※参考 https://www.youtube.com/watch?v=58H0hC96zDg

ストラヴィンスキーの影響強い音楽。
けれども、もっとマチエール(素材感、筆致)の浮かび上がるような音楽。
キュビズムでもあり、フォービズムとも思える。
レジェははじめ印象派と目されていたのだから、そこもとても興味深い。

僕が「バレエ・メカニック」に魅かれるのは、一つの問いに端を発している。

それは、

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」

。。。。。

2008年に作曲した「シュレーディンガーの猫」
これはもちろん有名な量子物理学の思考実験「シュレーディンガーの猫」を題材としているが、重要なテーマは上記の問いから始まっている。
簡単に言えば、「ミクロとマクロ、矛盾と可能性」
言い換えると「機械も恋をするのか?」ということ。

人間の体は素粒子でできている。
素粒子は一定の確率(角度)で運動するのみで、そこには意思もプログラムもない。
つまり、すべては偶然の結果なのである。
これが『ミクロ』
(「ラプラスの悪魔」はこの角度をすべて知ることができる=未来がわかっている、という)

その素粒子が集まって人の体を作る。
脳も。
その脳で人は考え、行動し、愛を語る。
これが『マクロ』

ならば、機械であるアンドロイドも電気羊の夢を見るのだろうか…

。。。。。

「バレエ・メカニック」は大きな影響を様々なアーチストに与え続けている。

坂本龍一も同名の曲を発表し、ポップな音楽の中に不思議な擬音によるリズム等、アンタイルの影響を標榜している。
近年では米津玄師のアルバムにも似た手法を垣間見ることができる。
アニメ「エウレカ・セブン」でも同名の回で重要な意味を持っている。
全50話の中でも特別に感動的で絶妙な回である。

津原泰水は同名のSF小説を書いた。
昏睡状態の少女の脳内のシュールの幻想は、筒井康隆の「パプリカ」も思わせる。
(ちなみに筒井康隆の代表作「時をかける少女」は1967年の作品!)

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」は1968年発表のP.K.ディックの小説。
僕は映画「ブレードランナー」で初めて接したのだが、アンドロイドの自我と悲しみに驚いた。

確率で動いているだけのはずの素粒子が集まって人の形を成して愛を語る。
ならばアンドロイドも愛を知るかもしれないし、
確率、或いは偶然の運動に見える宇宙の営みも、もっともっと大きな視点で見れば、意志ある愛の産物なのかもしれない。

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